ストロベリーナイト






題名:ストロベリーナイト
作者:誉田哲也
発行:光文社 2006.02.25 初版
価格:\1,600




 『ジウ』では、少しばかり消化不良を起こしてしまった。その同じ誉田哲也の、続けざまの警察小説に挑戦。そのわけは、この作者、まだまだなにかやらかしてくれそうだから。それに消化不良であれなんであれ、面白さと、キャラが立っているという部分だけは、やはり際立っているから。現在37歳。可能性を感じる作家として追跡する価値は、まだまありそうじゃないか。

 そんな思いを裏切らず、本書はいきなりのグロテスク犯罪シーンで幕をあける。そういえば天童荒太の『家族ゲーム』が、こうしたおどろおどろしい犯行シーンで幕を開けた……と古い作品を思い出すイントロである。

 そして、続く場面でヒロインは登場する。ヒーローよりも何故かヒロインという作者の傾向は、ぼくは実のところ嫌いではない。キャラを立たせるためにならば、男性作家が、若い女性を主人公に据えることに、何の抵抗もない。ただのサービス精神でなければ、ともかく。

 さて、本書の刑事姫川玲子は、『ジウ』の門倉美咲と外見上は同じく、背の高い美人である。『ジウ』と違うのは、玲子の抱えているらしい過去の暗黒部分だ。深いトラウマを抱えていることを克服するために自分の現在を構築し、軽視補となった彼女だが、いつ何どき、あのときの傷口が口を開けるかわからない。そんな緊張感がどこかにある。

 一方、章を追うごとに、犯人側の謎めいた独白は、残酷さとグロさを増してゆく。明るく美しいヒロインの捜査の進捗と、どす黒い犯罪者の捩れた欲望とのコントラストで、ぐいぐいと物語の面白さに引きずり込まれてしまう。

 老齢の検屍官とヒロインとの会話も愉快なら、ヒロインの魅力に惹かれる同僚刑事たちの表情も豊かである。捜査小説であると同時に、刑事という職業を描いた一般小説のようにすら見える。あるいはヒロインの家庭描写に目を移せば、ホームドラマのようにも。

 かくも重層的に人間を描くことで、作品の空気は変わる。ただの奇をてらった暴力小説から距離を置いた安定感のようなものが生まれる。そこは、ぼくがこの作者にこだわろうとするポイントである。

 今どきの都会に蠢く精神性の荒廃、ネットだからこそ生まれる殺人ゲーム、救いのない滅びへの意思、といったネガティブな面しか見えないおぞましい事件に対し、人間の生きる方向をめざす刑事たちの正の衝動が頼もしい。本質は、勧善懲悪をベースとした謎解きミステリーである。

 しかし、一方では、これは癒しと救いの物語。ヒロインの傷痕を、自己のふんばりと、仲間たちとチームワークとで救済してゆく、その道のりを描いた物語とも言えるのだ。そもそも、トラウマの割には前向きで明るいヒロインであるからこそ成り立つ、読後感の悪くないストーリーだ。前作『ジウ』で何となく置き去りにされてしまった後味の悪さという宿題への、これはその回答であったのかもしれないけれど。

(2006/03/26)