三分間の空隙





題名:三時間の導線 上/下
原題:Tre Timmar (2018)
著者:アンデシュ・ルースルンド Anders Roslund
訳者:清水由貴子・喜多代恵理子
発行:ハーパーBOOKS 2021.05.15 初版
価格:各¥1,040

 グレーンス警部と潜入捜査員ピートとのW主人公シリーズ三部作も、いよいよ大団円を迎える。

 『三秒間の死角』が、作品の完成度やインパクトのわりに正当な評価を得ていなかったものの、アンデシュ・ルースルンドの名は、元囚人の肩書きステファン・トゥンベリとの共著『熊と踊れ』二部作により、一気にエース級作家として知れ渡り、それを受けてか、『三秒間の死角』も『THE INFORMER/三秒間の死角』のタイトルでNYを舞台にストーリーもシンプル化した形に差し替えられたものの、ともかく映画化された。

 以降、『三分間の空隙』、そして本作と、あっという間の三部作翻訳が完了し、ついに最終編とあいなる。ただし、前二作を含むこれまでのグレーンス警部シリーズ全作の共著者であったペリエ・ヘルストレムの病死により、本作では初めてアンデシュ単独での執筆となる。共著がどのように書き進められる作業なのか知るべくもないが、本作で判断する限り、スピードが増して、むしろ読みやすくなり、アンデシュの持つストーリーテリング能力を、むしろ見直した感がある。

 のっけから暗闇、上下左右を死んでいく者たちに囲まれ、自身も死にそうになる圧迫感のある状況下、物語はスタート。死んでゆく彼らが何者なのかの説明はまったくなし。

 続いてグレーンス警部のいつもの描写。亡き妻を偲んで警察署内の自室のソファで眠り、妻を想いレコードをかけるセンチメンタルな日々。事件の一報。コンテナいっぱいに詰められた死体が港に到着したのだ。何という事件だろうか。

 一方、西アフリカ移民の食糧輸送を妨害するテロリストの攻撃から輸送トラックを守るために雇われている、我らがピート。彼が、相変わらず命がけの戦場に身を置く有様と、全く対照的に彼を待つ、妻と二人の男児というホームシックな情景も描かれる。ピートとグレーンス。二人の抱える状況はやがて交錯する。西アフリカ移民という国際状況。対するは、移民の密入国支援で稼ぐ謎の組織。相変わらずの緊迫感溢れる構図である。

 本作には、実は作者の懇切丁寧なあとがきが付加されている。亡くなった共著者への哀悼の想いがまずは強いのだが、これから孤軍奮闘で作家活動を継続してゆかねばならないアンデシュ自身のこだわりとして、ミステリーには謎解きの上に事実を混入して重厚化させる、という作品作りへの拘りが語られている。

 本書でも、その意向がしっかりと実現されていると思う。世界の人々が予想もつかないような事実の重み。誰かの調整を必要としている救いのない現実。それでいて、語られるストーリーの間断なきスピード感と、アクション。複雑極まりない人間たちが織り成す葛藤と、タペストリのように縦横に織られる精緻な紋様。

 グレーンス警部とピートの間の距離は二作目でぐっと詰まったが、三作目はこの傑作シリーズに恥じず、またも一気に二人の絆を強め、締めてくる。よりタイトに。よりスタイリスティックに。

 本書で公開される強烈な悪と人間の残虐と欲望の泥濘には、吐き気さえ覚えてしまうものだが、そうした世界に対峙する男たちの、内を貫く正義感や家族愛が、だからこそ輝く。本書では、グレーンスが、ふとしたことで子供たちに慕われ、自分の中のやさしさ、という慣れない感覚にたびたび震える。そんなヒューマンなシーンもとても印象的だし、ピートとの物言わぬ信頼感や、隔たった二つの世界でのチームワーク含め、何ともスマートかつ重厚な物語に仕上がっている。

 さて、本作でシリーズも終わりと覚悟していたが、作者自身による意外なあとがきが残されている。

『ふたりはまた出会うだろう。別の理由で別の冒険をともにするべく。タイトル? 二語からなる。最初の語は、おそらくすでに想像がついているはずだ』

 このシリーズ原題は、すべて二語、最初の語は<TRE>である。何と新作『三日間の……』が有りなのかもしれない。これは、嬉しい驚愕だ!

(2021.5.16)
最終更新:2021年05月16日 11:13