ナイト・エージェント




題名:ナイト・エージェント
原題:The Night Agent (2019)
著者:マシュー・クワーク Matthew Quirk
訳者:堤朝子
発行:ハーパーBOOKS 2020.11.20 初版
価格:¥1,182


 冒険小説の時代は終焉したのだと、嫌でも感じさせられる現在のエンタメ小説界で、少数ながら頑張っている作家たちは今も確かにいるのだけれど、かつてのスパイもの、国際謀略ものといった国家レベルの大スケールのものは少なく、巨大犯罪組織とりわけ南米の麻薬ビジネスや、暴力的宗教団体などをテーマにしたスリラーがトレンドになっている気がする。

 本書は、そういう意味では昔懐かしい米露間の諜報合戦や、国家的裏切り行為を扱った少し古典的な冒険小説と言える気がする。政府中枢部内での汚職かつスパイ行為に巻き込まれ、知られざる危機に見舞われるホワイトハウスを舞台に、深夜番の若きエージェントが奔走するという、いわゆる今風ではないような、かつての胸躍る国際冒険小説を思わせるスリリングなエンタメ作品である。

 裏切りの疑いで世を去った父の汚名を持つごく普通の目立たない主人公ピーター。彼は鳴ることのない緊急電話の深夜番、という閑職に追いやられている。ところがある夜、一本の緊急電話がついに届く、というところから物語はスタートする。叔父夫婦を殺され、この一本の緊急電話に救いを求めた女性ローズ。そのローズを救い出そうと逃走し、真相究明に奔走するピーター。物語は豪快にスタートする。

 ロシア側から送られている凄腕の殺し屋を描くページも読まされつつ、はらはらドキドキの危険なシーンや、血なまぐさいアクションを重ねつつ、ホワイトハウス内に潜む悪を探り出すプロットが、幾重にも交錯する大掛かりなエンターテインメント小説となっている。

 逆に言えばこの手の作品は、かつて冒険小説の時代には当たり前のものであったのに、今はめっきり減ってしまったタイプの物語なのである。今更ながらこういう世界に晒されてみると、無論自分の本の趣向が変化したという要素があるにせよ、相当に貴重なものに思えてくる。

 トランプ政権の時代に出版された本とは言え、本書内の政権は現実とはかなり異なるセッティングになっている。大統領も、特にトランプをモデルにしてはいない。ある意味、別次元の世界観で描かれた、大法螺の小説と、言ってしまえばそれまでだが、その大法螺あればこその大仕掛けなトリックと、そこから派生するアクションの数々を楽しめるノンストップ・スリラーなのである。

 手放しで楽しんで頂けるこういう別次元のスリルとサスペンスもたまには読みたい。本書を手に、是非、文句なしのアクションとスリルの世界に飛び込んでみて頂きたい。

(2021.05.02)
最終更新:2021年05月02日 12:35