父を撃った12の銃弾




題名:父を撃った12の銃弾
原題:The Twelve Lives Of Samuel Hawley (2018)
著者:ハンナ・ティンティ Hannah Tinti
訳者:松本剛史
発行:文藝春秋 2021.02.25 初版
価格:¥2,200


 犯罪を生業とする者がいるとする。それでは彼は何故、犯罪者として生きることになったのか? そして、そうした人生を彼自身はどう解釈してみせるのだろうか? 紡ぎ糸のように犯罪や銃撃を繋いでゆく綱渡り人生を生きる者は、終わりのない危険な日々からどうしたら脱け出すことができるのだろうか?

 本書の主人公は二人。

 一人は、十代の頃から犯罪に手を染め銃器に取り囲まれ裏社会に生きるサミュエル・ホーリー。彼の犯罪の暦は、人生において彼の肉体に撃ち込まれる12の銃弾の弾痕となって、短編小説のように切れ切れに伝えられる。それらはかつて起こった過去の物語群である。

 もう一人の主人公は、現在を生きる娘ルー・ホーリー。いじめや疎外の非情に晒されながら十代の彼女はたくましく生き、共に暮らす父と、亡き母という名の運命的迷宮にぶつかりながら、青春や恋愛や社会活動を通して日々成長してゆく物語である。父ホーリーの過去と、現在のルーの物語は、この小説という構造の中で交互に語られ、やがてそれは現在という限りなく厳密な一ポイントに収束してゆく。

 何よりもこの構成のエキセントリックさが、本書成功の最大の功績だろう。それほどまでに最初は、父ホーリーと娘ルーの世界はかけ離れて見える。時空を一にするまで、二人のそれぞれの人生の旅が、本当の意味で一つに合流するなんてとても信じ難い。本書は、この父娘の長い旅を描いたロードノヴェルなのである。

 犯罪に関わるホーリーが請け負う仕事一つ一つは、まるで短編小説のように描かれる。これら過去の傷跡のように後々まで疼く断章は、それぞれが独立して読める犯罪ノワールでもある。過酷な運命と、常に死と隣り合わせの破天荒な荒仕事。十代に始まる父の経歴を文字通り銃弾一つ一つで縫い合わせてゆく、痛く、血まみれの時代。いちいち強烈なフラッシュバックとなるその銃撃の数々。

 翻ってルーは、父との不思議な旅の果てに二人で落ち着いた海辺の村で現在を生きる。どこにでもいそうないたいけな少女である。彼女の恋した少年マーシャルの家庭は、しかしまた別の問題を抱え、世界を相手に窮地に立たされている。例えば巨大な鯨。環境運動家と地元漁師との対立。不審な銃撃。

 武器庫のような父の人生に始まり、ルーの日々もまた、本書のページのすべてが冒険小説であり、犯罪小説であり、愛と死と銃撃の連鎖でありながら、母の死の謎と、その他もろもろの多過ぎる謎を解体してゆく物語である。

 硬質な文章で練られた文学性の高さが際立つ本書である。昨年の『ザリガニの鳴くところ』に続き、今年も文学性の高い小説が早や二作(もう一作は『少年は世界をのみこむ』)。世界のミステリーは確実にレベルを上げていると言わざるを得ない。昨今の翻訳ミステリー事情に、改めてご注目頂きたいと思う。まずはこの一冊を手に取ってみては如何だろうか?

(2021.04.04)
最終更新:2021年04月04日 16:16