月光



題名:月光
作者:誉田哲也
発行:徳間書店 2006.11.30 初版
価格:\1,600

 明らかに加速している作家である。2006年だけでも5冊の新作出版。うち3冊は『ジウ』シリーズなので一作とカウントしても、他に『ストロベリー・ナイト』と、本書『月光』。いずれもエンターテインメントとして安定したレベルでの小説作りをしている。30代後半の脂の乗った時期の作家として、様々な現代風の犯罪にチャレンジして注目してゆきたい気がする。

 『ストロベリーナイト』も『ジウ』もどちらかと言えば暴力の色濃い、映画だったらR指定がついてしまいそうな怖い犯罪を扱いながら、それを女性捜査官というマイルドな甘みでやわらげているといった微妙なバランスが特徴であった。いずれにせよ過激で、冷血な、社会と時代の歪みがもたらす現代の犯罪を扱っている点で毒気が強かったのだが、本書はそこへゆくとぐっと地味な仕上がりになっている。

 少女をバイクで轢き殺した少年。死んだ少女と関係を持つ音楽教師。少女の死の真相を知るために同じ学校へ進学した妹。三人の現代と過去とを行き来する描写を交錯させ、しっとりと描く青春の歪み。

 脚本の形で書き直せばそのまま芝居が打てそうな、それぞれの思いがすれ違うことによって生まれる悲劇の形は、恋愛と絶望と犯罪という古典的なまでの葛藤のかたちであり、その底辺には誉田哲也という作家がこだわってきた現代性よりも、より普遍的な人間の不条理が潜んでいるように思える。

 音楽を専攻した姉の弾く『月光』の曲が、限りなく透明であるゆえに、生徒と教師との愛情が周囲に拡げる波紋は、思いがけず深く、鋭く、多くの若く傷つきやすい心を、暴走させてゆく。読者とともに妹のインタビューによって徐々に明らかになってゆく真相は、彼らの行動にではなく、心の中にこそあった。

 犯罪小説の形をとりながら、どこか甘く苦い恋情の一瞬を切り取ってみせた珠玉の青春小説との印象が強い。全体的にコンパクトにまとまっているせいか、よくできた短編小説のような味わいだった。書く毎にデリケートな技巧を身に着けてゆく作家の成長をしっかりと感じさせる一品。

(2007/01/28)
最終更新:2007年01月28日 23:07