愚者と愚者 下 ジェンダー・ファッカー・シスターズ



題名:愚者と愚者 下 ジェンダー・ファッカー・シスターズ
作者:打海文三
発行:角川書店 2006.09.30 初版
価格:\1,500

【ネタバレ警報:本書のネタバレではなく、本感想により、やむなく前作『裸者と裸者 下 野蛮な許しがたい異端の』の重要な結末に触れています】

 カイトは、死と闘いを纏うことによって兵士の(孤児部隊の)最上階に登り詰めた。上巻がカイトという男の子の物語であるのと対照的に、下巻は常に少女たちの物語だ。九竜シティの少女マフィア団パンプキン・ガールズの首領である椿子の半身・桜子は、前作『裸者と裸者 下 野蛮な許しがたい異端の』
のラストにてテロルの犠牲となった。

 本書は遺され生き残った椿子を主役に据えた物語。黒い旅団の蜂起により、常陸市に閉じ込められたカイトの後を継いだシームレスな首都圏戦記ストーリーである。

 もちろん自分の半分は死んだと考える椿子は生きることへの執着を感じさせない無鉄砲さと、サディスティックで攻撃的な戦闘意欲の塊でもある。素直な良い子のカイトとは全くう逆を向いた破壊の女神であり、それだけにカイトとはまた別の怒り、うずき、ヒステリーなどを内包する。

 打海による男女の書き分けは、本作のみならず多くの探偵小説その他の作品でもほぼ同じような傾向を示す。『愛と悔恨のカーニバル』
などは女性のとどまることを知らぬ過激さを描いた一級品の味わいでもあった。

 難解、といってしまえば難解なストーリーであり、晦渋な戦争だ。多くの迷える魂たちが首都圏を部隊に火線で描いた系譜みたいな小説だ。本書では九竜シティから隔てられ、渋谷・新宿・池袋での市街戦を何度も何度も繰り返し次第に追い詰められてゆくパンプキン・ガールズの日々を描く。

 ますます黒い旅団やテロ組織「我らの祖国」が領土を広げ、ンガルンガニ、紅の旗など性的マイノリティのゲリラ組織が追われる。鉄兜団といういささか屈折した小軍事組織が歌舞伎町を占拠して、国家間戦争ではなく、あくまで『ハルピン・カフェ』
の延長線上にある個人の望みの極北の闘いを描く。

 だからこそ個性を売り物にしたキャラクターが命を投げ出してまで闘いに身を投じる。人を守るのではなく、彼らの王国・領土を死守するために。具体的な何ものかではなく、彼らの心の風土を主張するがために。そうした抽象を極度に排除し、小説家・打海文三は、あくまで具象としての戦場に素材を展開させる。活きのいいパンプキンガールズの主力の面々が、徐々に存在を際立たせてゆく。

 個性が強すぎるゆえに強調よりも主張を取る少女たち。譲らぬ個性たちが、首都圏の死線を謳歌する。

 性的マイノリティの戦争。まるでサイコ戦争のような。心に傷を負った獣たちの動機による、戦争のコア。打海文三の脳内世界は悪夢に満ち、ひたすら美学的であり続ける。破壊に破壊を尽くした帝都を鋏み、椿子の1/2の虚無が訴えるものに耳を傾ける必要はない。繰り広げられる殺戮のバラードに身を任せる他味わいようもない、容赦なき第二章であった。

 ※本書はシリーズ4巻目。当初10巻を持って完結するとされていたこのシリーズは、青春の物語として断つべしとの作者判断により、残り2巻をもって終了とのこと。うまくいけば年内にでも発表されるかもしれないのが第三章『覇者と覇者』。重要人物がバッタバッタと死んでゆくのだそうだ。覚悟が要るだろう。

(2007.1.4)
最終更新:2007年01月05日 00:12