アイル・ビー・ゴーン



題名:アイル・ビー・ゴーン
原題:In The Morning I'll Be Gone (2014)
著者:エイドリアン・マッキンティ Adrian McKinty
訳者:武藤陽生訳
発行:ハヤカワ文庫HM 2019.3.25 初版
価格:¥1,180

 ショーン・ダフィのシリーズ第三作。難事件を解決する腕は誰もが認めるものの、独断専行の行動によってお偉いさんたちの覚えが悪く、仕事も資格も取り上げられ、自らを追い込まれることが多い主人公。IRAによって荒廃した1980年代前半の北アイルランドの不穏な情勢を背景に、サバイバリストのように自分の規範で行動する故に、警察ミステリと言うよりもノワールの面が強く感じさせられる点はとても魅力である。

 本書では、お偉いさんから組織を放り出されたショーンが、前作では名無しで謎の女性として登場していたケイトなど現場畑の指揮官の求めに応じて、脱獄したIRAのリーダーでありかつての親友でもあったダーモット・マッカンを追うという設定。

 何の情報もなく行方をくらましているダーモットが何を企んでいるのか、そしてそれを阻止するには? という国家的課題にショーンは挑むのだが、元妻の血縁者の未解決事件を解決すればダーモットの行方を教えようという条件を出されて、ショーンは不可解な密室殺人に挑むことになる。

 ノワールの中に本格ミステリが入れ子構造で入り込んだ、世にも珍しいジャンルまたがりの意欲作品として知られるのが本書である。密室ミステリで名高い島田荘司の巻末解説も含め、全体がフルサービス・エンターテインメントとなっているお買い得の一冊と言ってよい。

 本格ミステリとかトリックとかそういったものは中学時代までで卒業してしまい、むしろ毛嫌いしているくらいのぼくにこの本が楽しめるかどうか果たして疑問であったのだが、前二作からの流れを踏襲したハードな展開を前面に出した、過激でワイルドな展開の中で、密室殺人の謎ときは材料の一部でしかなく、それにこだわるあまり人間を軽視するトリック重視傾向の本格ミステリにありがちな軟弱性など、この作品にはこれっぽっちも見られなかった。さすがに北アイルランドの荒々しい自然と、危険極まりない政治情勢を背景に、単独で闘い抜く若きタフな警察官ノワールは、本格ミステリとのバランスをも上手く牛耳れているのだ。

 シリーズを順に読んでゆくと主人公を取り巻く脇役たちも魅力的だが、異動・転居・死亡・出国などにより出入りが激しく、一刻も眼が離せない落ち着きのなさは、この時代の北アイルランド情勢をそのまま反映させているかに見える。いくつも喜劇や悲劇にもさわってゆくので、シリーズ読者はそういう人間的かつ現実的側面からも、主人公ショーンの心の移り様を、深く味わってゆくことができる。

 そういった書き込みの深さ、繊細さも、主人公の読み聴きする文学や音楽とあいまって読書子の多様な要望に応えていると思う。一作毎に複雑精緻な世界の深みを増してゆく世界背景と、その中を生きるショーンという人間の複雑極まる想いの行方を想像しつつ、次作を待ち焦がれたくなる良質の一作がここにある。

(2019.06.07)
最終更新:2019年06月07日 14:49