生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者



題名:生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者
原題:The Naturalist (2017)
著者:アンドリュー・メイン Andrew Mayne
訳者:唐木田みゆき訳
発行:ハヤカワ文庫HM 2019.4.25 初版
価格:¥940

 マジシャンの書いた小説。なるほどと思う。東野圭吾の『ガリレオ』シリーズのような理系探偵のサイエンス・ミステリかとの予想を大きく覆し、本書はまるで、全体が仕掛けにみちたイリュージョンのようなエンターテインメント小説なのだった。火器や炎や鉤爪の活劇とバイオレンス・アクション。一人称現在形でのリズミカルな文体に着いてゆくだけで、探偵セオ・クレイの被る肉体的被害を自分が受けているかのような痛々しさに痺れてくる。

 生物学探偵というタイトルから地味な先入観を持ってしまうこのヒーローは、一見普通の大学教授、かつフォールド・ワークと最先端のデジタル技術を駆使する研究者でありながら、実は真実を手にするためなら法を度外視してでも単身危険に身を曝すことのできる動きと決断優先の、もろにダイハード型でハチャメチャな主人公なのである。

 熊による獣害と見られる女性遺体が、かつての教え子であったことから、当時事故現場でフィールドワークをしていたセオが疑われる。殺人パレードの開幕である。

 独自のプログラムを駆使してのデータ解析を得意とするセオは、行方不明案件が異常な確率で発生しているモンタナ州のある地域に眼をつける。続いてセオは、複数植物の発育分布を調査することで、最近掘り返されたことのある土壌に眼をつける。前後のデータを重ね合わせたセオはピンポイントで遺体を次々と発見するが、それぞれの管轄警察には信じてもらえず、個々の遺体は熊による獣害として扱われるばかりか、セオへの警察の疑惑さえ拡散してゆく。

 この事件のすべてに、一人のクレイジーな大量殺人者が存在するのではないか? そうした確信を貫こうと単身真犯人を追うセオだが、関係機関からも危険な聞き込み先からも異端視され逆に追い詰められてしまう。姿の見えない殺人者を捕らえるにはなかなか一筋縄では行かなそうだ。

 何十年も殺人を続けている男は本当に存在するのか? そいつは何故捕まらないのか? 遺体たちは何故探されていないのか? 孤独に襲撃され土の下に埋められて行った若い女性たちの無念さは、満身創痍のセオを先に進ませる。

 捕食者である何者かに常に先を行かれるジレンマ感。単独捜査を進めるたびに痛手を負ってゆく我らがヒーローには、どんな手が残されているのか?

 最初に書いた通り、本書は手に汗握るアクション作品である。本書の日本語タイトルからは、そんな内容を想像して頂くことはなかなかできないかもしれない。しかし、書き手はプロのマジシャンである。執筆者の名前を英語スペルAndrew MayneでYouTube検索して頂くと、楽しいトリックやイルージョンの動画を観ることができる(もちろん確認済み)。

 そうしたマジカルな作者の手中で踊らされれゆく被害者的快感を否応なく味わわせてくれる本作は、人気を得てシリーズ化され、既に4作目の執筆にかかっているそうである。楽しみなエンターテインメント・シリーズがまた一つ。結構大きな爆弾を炸裂させてしまったシリーズの開始。今後、声を上回る怪事件をどれほど生み出してくれるのだろうか。マジシャンのお手並み拝見と行きたいところである。

(2019.05.26)
最終更新:2019年05月27日 14:42