約束




題名:約束
原題:The Promise (2015)
著者:ロバート・クレイス Robert Crais
訳者:高橋恭美子訳
発行:創元推理文庫 2017.05.12 初版
価格:¥1,400


 最近、ぼくの最もお気に入りのハードボイルド・シリーズがこれだ。

 前作『容疑者』は作家を復活させるほどの人気を得たらしい。ぼく自身を含め相当の新しい読者を獲得したに違いない。スコット&愛犬マギーというハンドラーと警察犬コンビがたまらない。共に、相棒を銃火で失い、心と体に深い傷を負った同士の、復活と愛情の、感涙ものの傑作であった。

 だから、本作で、ロバート・クレイスの本家シリーズのレギュラー・コンビ、エルヴィス・コール&ジョー・パイクが、一人と一匹のシリーズに合流するという趣向の作品が早くも登場したのも、自然な流れだと思う。何せ、コールは17年ぶり、パイクは7年ぶりの復活作品。彼らにとっても、否、作家クレイスにとっても全面復活を期する力作となったのが本書なのである。

 エルビス・コールは私立探偵。LAの探偵は、ニューヨークの探偵(マット・スカダーbyローレンス・ブロック)やボストンの探偵(スペンサーbyロバート・B・パーカー)に比べて、明るくユーモラスである気がする。チャンドラーの系譜となる会話のユーモアとへらず口と自信たっぷりの態度が、見事に受け継がれている。料理も上手く、美味しそうな料理をさらっと作り、希少なビールを箱買いしてふるまってくれるコールの趣味の良さも嬉しかったりする。何よりも余計な情緒的描写を削ったからっとした一人称文体(コールの場面だけ)が、好感度抜群である。快適な読書というのはこういう小説に対して用いたい言葉なのである。

 それでいてタフでハードな面も持ち合わせている。フィリップ・マーロウの比じゃない。時代がさらなるタフさを探偵やそのパートナーに課しているのだ。アルカイダの存在した時代のアメリカン・ハードボイルドには、ベトナム帰還兵、特殊部隊出身などの付加要素まで、私立探偵のプロフィルに加わっている。加えて現役のプロの傭兵を生業とするジョン・ストーン。彼の強さと信念の強さと使命感が本作品に鋼の脊椎を与えている。

 ドン・ウィンズロウ作品に頻繁に登場するような近年の麻薬戦争での兵器の過激化と戦闘規模にはいつも驚かされるが、本編ではテロ用の爆薬の売り買いが扱われる。そこで元爆発物探知を任としていた探査犬マージが重要な役を果たす。

 それぞれが的確な役割を果たしてゆくきっちりした仕事感も、本書を気持ちよく読ませてくれるポイントであると思う。コールたちのトリオは、武器も電子情報収集能力も駆使する私立探偵ワールドを構えている。スコットチームも、頑固と深い愛情を備えた警察犬隊指導官のリーランドの仕事っぷりも健在。マーロウの単独で優雅な調査スタイルでは、現代の探偵家業は少し営むに難いものになっているかもしれない。

 まさしく今という時代を舞台にした、ネオ・ハードボイルドでありながら、マーロウのエッセンスは残し持つという探偵ヒーローを駆使し、正統なるハードボイルドの系譜を継いでいる作家として、ロバート・クレイスは、現代の若い読者をも、そして男も女をも取り込んでしまうに違いない。

 次作は、コールもの。スコット&マギーの新作も用意されている気配ありとのこと。どちらのシリーズもそれぞれに競い合わせつつ、より質の高いハードボイルドの王道を、今に通じる作品価値を付加しつつ築き上げてほしいところである。

 コール&パイクシリーズ新作『指名手配』は、5/11に発売予定。再会されたシリーズを、新しい読者として早速読む。とりわけ、本書のラストを飾って泣かせてくれた傭兵ジョン・ストーンの登場が個人的には待たれてならない。

(2019.05.10)
最終更新:2019年05月10日 09:50