座席ナンバー7Aの恐怖




題名:座席ナンバー7Aの恐怖
原題:Flugangst 7A(2017)
著者:セバスチャン・フィツェック Sebastian Fitzek
訳者:酒寄進一訳
発行:文藝春秋 2019.3.10 初版
価格:¥2,250


 ハリウッド映画みたいな小説に遭遇することが時にある。それは主に海外ミステリに多い。日本小説は、武器類が一般的に許可されていないために、ドンパチを嘘臭くないように書く状況を作るのは大変であろう。嘘臭くても、日活無国籍アクションが許された時代はある。赤木圭一郎や宍戸錠が、撃ったばかりの銃口を口元に近づけて、口で硝煙を吹き飛ばすポーズが恰好よかった時代は確かにある。でもそういう作品は、映画でも小説でも、今の世に出てゆくのはちょっと難しいかな?

 さて本書は、ドイツ小説。ドイツのミステリを読んだことがありますか? ドイツと言えば医学? だからというわけではないのだろうが、本書の主人公は、医師のマッツ。飛行機嫌いなのに、わけあって、ブエノスアイレスからベルリンに向かうエアバスに乗り込む。そして、機内で脅迫を受ける。この飛行機を落とさなければ娘の命はないぞ。

 一方ベルリン。ソシオパスのサイコ野郎に、娘のネレが誘拐される。臨月を迎えていたネレはHIV感染者であり、今日にも出産が始まろうとしている。病院で帝王切開を受け、赤ちゃんを自分の血液に触れさせてはならない。ネレは切実にそう思う。しかし彼女は、廃屋となった搾乳工場に牛のように閉じ込められ、ベッドに縛り付けられ、動画用のレンズを向けられる。

 ベルリンでの娘の救出を医師が密かに依頼する。相手は、過去に関係を一度だけ持った女医フェリ。フェリは今日が結婚式当日であるにも関わらず、ネレの行方を追うことにする。

 さて以上三人のトライアングル主人公による超サスペンス、スタート! パーフェクトな閉鎖空間である飛行機内と、地上との二か所での状況小説が展開する。そう、この状況が生まれた地点から始まる小説なのである。ジェットコースターに乗ったかのような気分。読者はページを繰る手が止められない。映画館に入った観客のように、暗闇と轟音の世界から逃れられない。

 かつ、タイムリミット型である。ベルリンに着くまでに飛行機を落とさないと、ネレとそのベビーの命はない。そう脅されているからだ。場面展開も早い。次から次へとかかる三人へのプレッシャー。最後まで出口が見えない。二転三転の迷路が続く。

 これだけ凝りに凝った展開を、作者は、事前にすべてをではなく書き紡ぎながら考えるのだと言う。見たこともないような長いあとがきの中で。書き出してみないと、本当のところ、考えが動かないらしい。前もって考えている部分は骨子だけ。そこに加わってゆく新たなアイディアや、思いもよらぬ展開が、執筆中に沸いて出てくるらしい。まるで自動筆記だ。でも、彼は一年一作のペースでじっくり書いているという。クリスマスも正月も、必ず毎日、机に向かって書く、という。どこかで聞いた話だ、とぼくは国内のある作家を思い浮かべて微笑する。

 セバスチャン・フックは2006年『治療島』でデビュー。その後一貫して、面白く外連味たっぷりなサイコサスペンスを書き続け、毎作、ドイツ本国はもちろん翻訳先でも好調な売れ行きを示しているそうである。本書を含め7作ほど邦訳されているが、その他は未邦訳。本書は昨年出版された『乗客ナンバー23の消失』というこれまた豪華客船での面白小説に続いての物語であるらしいが、シリーズ物はこの作家は書かず、すべて単発作品。

 ぼくがこの小説を知ったのは、携帯にも登録してある翻訳ミステリーサイト『翻訳ミステリー大賞シンジケート』内の『書評七福神の今月の一冊』による。書評家・吉野仁(ちなみに知人です)ら数人が本書を推していた。読後印象は、ほぼ推薦文通りのジェットコースター小説。あるいは全体が遊園地のよう。仕掛けに満ちた閉鎖空間を舞台にした強烈なサスペンス。さて、このゴールデンウィーク10連休、どこにも行けず楽しみに餓えているあなたにお勧めの一作である。毒気は強いが、美味。是非、ご賞味あれ。

(2019.05.03)
最終更新:2019年05月03日 14:02