雪盲 SNOWBLIND




題名:雪盲 SNOWBLIND
原題:Snjoblinda (2010)
著者:ラグナル・ヨナソン Ragnar Jonasson
訳者:吉田薫訳
発行:小学館文庫 2017.05.04 初版
価格:¥800

 アイスランドのミステリと言えば、エーレンデュル捜査官シリーズで有名なアーナルデュル・インドリダソンだろう。『湿地』『緑衣の女』でガラスの鍵賞連続獲得という快挙を成し遂げた彼の作品は世界各国で翻訳されたため、犯罪が極度に少ないと言われるアイスランドの首都レイキャビックを舞台にした珍しい国籍のミステリーとして名を馳せた。

 何故に犯罪が少ないかと言うと、アイスランドは人口は34万人と、そもそも少人間が少ない。しかも6割が首都圏に集まっている。国土面積は、北海道と九州を足したほどで、人口は旭川市とどっこい。札幌の人口の1/4にも満たない。

 ここで紹介する新しいアイスランド・ミステリの騎手は、ラグナル・ヨナソン。1976年生まれ。法律家やアガサ・クリスティ作品のアイスランド語への翻訳家としても活躍する新進作家である。本書もアイスランド語で書かれたものだが、人口を考えればミリオンセラーにはなり得ない。作家は、独り立ちするために翻訳されて世界に出てゆく必要がある。本書もまた、原書出版の5年後に英国とオーストラリアで英語化されたらしい。そこで素晴らしいことにキンドルのベストセラーリストの一位に輝いたという。まさに逆境から、立ち上がってきたシリーズ第一作なのである。

 このシリーズの主人公は、24歳にして新人警察官。レイキャヴィーク出身だが、雇用先は極北にある人口1200万人のシグルフィヨルズルという、舌を噛みそうな名の街。警察官はたった3人という小さな警察署である。しかも過酷なまでに雪と寒さに閉ざされた真冬の季節。日照時間は一日3時間。新米若手警察官であるアリ=ソウルの青春、恋愛、捜査活動を通して、まるで街こそが主人公であるような、冬の閉塞感に打ちひしがれる日々が描かれる。

 何人もの登場人物の目線で描き分けられる章立てでもある。猫の目のように入り乱れるそれぞれの人物の嘘や思惑、性格や秘密などが思わせぶりで、真実の核に辿り着くための何層もの皮むき作業を強いられているような気分になる。地方都市独特のそれぞれがそれぞれと何らかの関係にあるという複雑な人間模様の中で、若手警察官だけが今は余所者。この孤立感も作品全体に緊張を与えている。

 一方、かつてはニシン漁で賑わったが近年不作で人口が減少する一方のシグルフィヨルズルの海街。地方都市ならではの人々の生活が活写され、首都のレイキャヴィークではリーマンショックによる経済危機に対して大規模な対政府抗議活動が繰り広げられている時代背景なども描かれており、広義におけるうアイスランドという国の直面する課題も窺い知れる。北海道と共通す極寒の生活や、晴れた日の雪景色の美しさも含め、親しみを感じさせる描写も点在して、好感が持てる。

 この後、第五作・第二作の順番で英訳そして和訳(英語版からの邦訳)されているのだが、第五作がオーストラリアで再びキンドル版首位に返り咲いたことの影響であると思う。今年3月に、第二作『白夜の警官』も日本では出版されているので、ぼくとしては次は邦訳の成った第五作ではなく、先に第二作に取り組む所存。主人公の状況に一作だけでも多分な変化が見られるので、これから読もうという諸氏は、先に五作目に取りかからぬ方が賢明であるように思う。

(2019.04.28)
最終更新:2019年04月28日 14:34