ザ・プロフェッサー




題名:ザ・プロフェッサー
原題:The Professor (2015)
著者:ロバート・ベイリー Robert Bailey
訳者:吉野弘人訳
発行:小学館文庫 2019.3.11 初版
価格:¥970


 骨のある小説かどうかは、どういうわけか最初のページからわかってしまう。その期待はたいてい裏切られない。ストーリーではなく、作家が書こうとしているものが、文体の後ろからにじみ出てくるような、そう、気配のようなもの、小説の持つ気品のようなものだ。

 そうなるとストーリー展開も楽しくなる。なかなかタフな物語になることは、書き出しで摑めているからだ。

 南部出身の法律家出身の作家は誰? 大抵の読書子ならば、ジョン・グリシャムと答えると思う。この新手の作家ロバート・ベイリーも実は南部出身の法律家なのである。先人グリシャムの権威を傷つけないばかりか、やはり米南部生まれのリーガル・サスペンスには骨がある、との好印象を深めたのが、この作品だ。

 主人公は、元アラバマ大のフットボーラー、法律家として一年間、法廷経験を積んだと思った途端、母校の法律の教授として招かれたため、以後、多くの法律家を世に送り出す役目を果たすことになり、現職を続けている68歳。しかし彼に四十年ぶりの法廷という転機が訪れる。

 彼が育てた法律家の、悪い種子のような若手弁護士が彼を大学から追い出した上に、醜聞の熨斗まで付けて世界から追い払おうと試みたのだ。妻に先立たれた上に、膀胱癌まで患ってしまう人生最悪のタイミングの状況下で、一件の訴訟が持ち込まれる。一家が全員巻き込まれてしまった惨たらしい交通事故、その原因となった過重労働を常態化させていた悪徳運送会社を訴訟する遺族は、教授の学生時代の恋人だったのだ。

 教授生活で課題を残してしまった青年弁護士リックに託して、世間から隠遁した教授だが、彼の再生は如何に? 悪徳企業が次々と打ってくる卑劣で残酷な包囲網に対し、チームはどう闘ってゆくのか。

 人生の再生を賭ける人間たちを骨太に描いて、疾走するストーリー展開が読者を巻き込んでゆくパワフルな小説。こういう小説が読みたかった。しかもこの作家は知っている。どうすれば読者が、悪党どもに怒りを感じるかを。どうすれば読者が犠牲者たちに悲しみの情を抱くかを。どうすれば、悔しさに歯噛みする想いを抱くかを。そういう悪党どもに、どのように闘ってほしいかを。

 そしてどうすれば、60代後半の癌治療中の世捨て人が、難関に立ち向かおうという気持ちを再び持つほかを。どうすれば読者が心からのエールを送りたくなるかを。

 本書は、翻訳者が出版社に原作本を持ち込んで出版の運びとなった作品だそうである。翻訳者の吉野弘人のグッド・ジョブに深い感謝を。さらに未訳は現時点で三作。すぐにでも次作を読みたい作家がまた一人ぼくのリストに加わった。

 最後になるが、世捨人がもう一度頑張ってみることにした、その気になる転換点なのだが、最後の最後に明かされる。粋な構成である。

 さらに実在のアラバマ大フットボール・チーム、クリムゾン・タイドの伝説のコーチの登場に始まり、実在のチームメンバーたちも共演する。なるほど。作者のフットボール愛の熱さが、確実に作品の熱さに繋がっていたのだ。


(2019.04.23)
最終更新:2019年04月23日 21:12