母性




題名:母性
著者:湊かなえ
発行:新潮社 2012.10.30 初版
価格:¥1,400-



 共通の時間を過ごしても、人はそれぞれに感じ方が違う、互いを見る目も違うし、使う言葉も、記憶に刻まれる深度も違う。人間はどんなに近しい人たちであれ、どんなに互いに愛情を抱き、互いに求め合っていだとしても、互いと均一な感覚を持つことはできない。

 湊かなえという作家は、そうした個々の人間の心の違いや、思いのすれ違い、不理解や、寛容性の度合いの差を、画家の絵の具みたいに使い分けて作品を作るのが実に巧い。

 少女の自殺関連の報道記事に始まり、その後は事件をめぐり、各章・3パートずつの人物の言葉が綴られてゆく。母、娘、そしてもう一人は誰だろう。すべて平易な会話体により綴られゆく物語は、いつもの湊かなえの手法通り。

 この作家は脇役に至るまで細密な人物データを作りあげる、と聞いている。数多くのキャラクターが登場することはないものの、どの人物も確かにしっかりと、その個性が描き分けられている。まさにその辺りが湊作品の生命線と言っていいだろう。

 美辞麗句で語る作家ではなく、日常的な会話で綴ることで、人と人との邂逅や別離を、心の声に聴診器を当てるようにして言葉に変えてゆく。各章には、作中人物が好きなリルケの詩の引用がなされている。本書中唯一の美辞麗句と言っていい。

 母と娘がテーマの、一冊。母と息子では成り立たない。息子は一生、母にはなれないからだ。娘はいつか、自分が母になる。親子三代に渡る母と娘の関係。母娘関係の違和感や綺麗事や二面性、愛と憎悪、誤解や性格差。男のぼくがつくづく単純だと考えていた親子関係からは少し想像のできない、おそらく女性ならではの感情の移ろいのようなものが描かれてゆく。

 『私のイサベル』というスウェーデン発の良質ミステリーを読んだ直後だけに(これも、3人の女性の独白体だが、会話口語ではないので、雰囲気はだいぶ異なる)、二作読んでみて、やはり思う共通点は、女性はたくましく、そして強い、ということである。本書の中に果たす男性の役割の何という不甲斐なさ!

 作品は現実世界とは違うもの、と改めて信じたい。そして女性の母性というものへの正しい理解こそ、男が生きてゆくための重要な要素であると、改めて肝に銘じたい。

(2019.4.15)
最終更新:2019年04月15日 20:19