償いの雪が降る



題名:償いの雪が降る
原題:The Life We Bury (2014)
著者:アレン・エスケンス Allen Eskens
訳者:務台夏子訳
発行:創元推理文庫 2018.12.21 初版
価格:¥1,180


 後悔のない人生なんてない。もう二度取り戻すことのできない失敗の記憶は誰にだってある。そしてそれは、時には、誰にも告げられぬ心の奥の真実である。魂の重荷として人生に付き纏う、影みたいな存在である。本書は、逆境としか見えない家族……アル中で性悪な母と、自閉症の弟、父はそもそも誰であるか知らない……から離れて、完全自立を目指す大学生のジョーが、学業の一端として取り組む課題を通しての、人生の激しい(激し過ぎる?)転機となる事件を、ジョー自身の眼を通して一人称で語る物語である。

 彼が取り組もうと決めた課題とは、老人ホームで末期癌に苦しむ少女殺しの犯罪者カールにインタビューし、彼の人生を纏めるというもの。しかし、ジョーは、何度か老人や彼の戦友に会ううちに、どうやら彼が無実で、30年前の少女殺人犯は別にいるらしいと思うようになる。もう一つの真犯人の存在は、ジョーの中で確信に変わってゆく。

 元囚人で、今は余命三ヶ月の老人カールは、ヴェトナムでは勇士であったが、戦後は何かの秘密を抱え、自分自身に対して過酷なものであった。カトリックでなければ、自殺をしていた人生、とカールは告白する。誰かに殺されても、死刑に処されても、自殺ではないので受け入れてしまおうと思う人生。そういう人生とは何だろうか? 

 己れのなかにも贖罪の魂を抱え込んで生きてきたジョーにとって、この件は学業の課題ではなく、己れの存在や生き方を問うまたとない機会でもあった。

 事件を再調査すべく、弁護士、刑事などの助けを借りつつ、ジョーは家族の問題も抱えてゆく。身勝手でエゴの強い母との軋轢、独りでは生きてゆけない弟への深い愛情、そして知り合ったばかりの女子大生とは調査の協力を頂く中で、恋愛感情が深まってゆく。

 若き大学生という純真をもって、泥濘のように黒ずんだ30年前の少女殺人という悪と暴力に立ち向かわせるこの独特な構図こそが、本書の優れたところだろう。

 一人称小説であり、深い人生小説でもあるのに、起承転結がはっきりした構成の豊かさ。元戦友がカールの過去を語るヴェトナムの戦場の回想シーンから、ジョーを見舞う執拗で急激なバイオレンス・シーンに至って、読者の心臓の音は高まるだろう。本書の背景にあるミネソタの大自然、そして冬の雪という季節が、それぞれのシーンに過酷な負担や寒さを容赦なく加えてゆく。ジョーの試練に追い打ちをかける痛み、震え。優れた展開に立ち止まることができなくなる事必至な、静と動綾なす物語の妙。

 全体はミステリ色でありながら、ほとんど冒険小説と言っていい。男の矜持。気位。そして人生の傷の深さと、再生へ向かう意志と友情。そうした人間的な深き業と逞しさとを含め、時にダイナミックに、時に静謐に描かれた、相当に奥行の感じられる物語である。最近、冒険小説の復権を思わせるこの手の小説が増えてきた。シンプルに喜ばしいことだ、とぼくは思う。

 本書の主人公ジョー・タルバート、本書登場の刑事マックス・ルパート、他、それぞれに、続く長編作品に再登場するようである。翻訳者の務台夏子氏は、この新しい作品たちも早く訳して日本の読者たちに読んで頂きたい、と後記でやや興奮気味に書いている。キャロル・オコンネルの翻訳だけでも実に重たいだろうが、読者としては今回本邦初登場のアレン・エスケンスも、是非どんどん翻訳をお願いしたいところである。

(2019.04.08)
最終更新:2020年11月01日 21:12