玉村警部補の災難




題名:玉村警部補の災難
著者:海堂尊
発行:宝島社 2012.03.15 2刷 2012.02.24 初版
価格:¥1,524-



 一時期、この人の本を中毒のように読み漁った人は多いのじゃないだろうか。自分がそうであった。海堂エンターテイメントは、一冊読むと辞められなくなる。海堂ワールドは広がり、深みを増し、得体の知れないものとなり、やがてそのターゲットが見えてくる。

 海堂尊。医師と作家の二足の草鞋を履く男。このミステリーがすごい!大賞(完全なる新人対象)受賞作家。

 機関銃のように連作長編小説を撃ちまくり、合間にスピンオフ・シリーズを二つ三つ立ち上げて、それらのどれもがドラマ化されたり、映画化されたりする。役者の顔を俳優たちに当てはめた途端、役者が交代してしまい、イメージ造形が混乱した。だから本を読むときは役者たちの顔を記憶から削除して、また顔のない登場人物に戻したりして読んだものだ。

 特に桜宮サーガ中最も重要な人物である厚労省の白鳥役は、小説と映画ではイメージが違い過ぎ、脳内混乱の収拾に戸惑った苦い経験もあり。小説読みは小説だけ読み、映画好きは小説なんて読まない、だから原作と映画がまるで異なる外見であっても構やしない。そんなディレクターのもとに作られた、いい加減な戦略としか思えない。あくまでぼくにとっては小説の方が正しい。何せ、海堂尊が創り出したのはこちらのキャラクターなのだから。

 いっとき、凄まじいまでの人気の嵐を巻き起こしたこの海堂旋風もどうやら一息ついた。今は海堂尊はチェ・ゲバラを軸にしたキューバの歴史もの三部作(?)を書いているみたいだが、ぼくの方は何事も遅れがちなので、今になって桜宮サーガの読み残しを整理する。

 その読み残しの一冊。本書は別冊宝島『このミステリーがすごい』に四度に分けて掲載された加納・玉村の警察コンビの短編を纏めた一冊。毎年投票参加しているので『このミス』なら毎度手元に贈られ書棚に並んでいる。もしかしたらその都度読んでいたものなのかもしれないが、記憶にないのでまあいい。

 警察側が主役とは言え、四つの短編すべてが立派な医療ミステリーであり、海堂尊という作家の軸にある医師の部分のレジュメとも言える医療改革の主張集でもある。とりわけ死因の判断がこの国では不透明過ぎるという従来の慣習に杭を打ち込むのだが、過去にTVインタビューを拝見した時、その主張を多くのメディアに伝えるために作家を目指したという。

 Ai(オートプシー・イメージング)。解剖率が2%という世界水準最低の日本。解剖が駄目なら遺体をCTスキャンすることで死因判明がより明確になるのに、なぜ導入できないのか、という問いかけ。

 DDP(DNA鑑定データベース・プロジェクト)。事件現場の遺留物のDNA鑑定結果をデータベースで検索し個人を特定する操作方法。厚労省のサイレント・マッドドッグこと斑鳩広報官が創設をアピールしている。

 以上二つの問題の有無により事件現場の捜査がどれほど効率化されるかを問うような具体例としてのモチーフが、どの作品にも投影されている。

 さらにある作品では、デジタル・ハウンドドッグこと加納警視正の得意技であるDMA(デジタル・ムービー・アアルシス)=事件現場をビデオ撮影しデータ化して解析する捜査方法や、軍事衛星が常に解析しているグーグルアースデータにより、人工衛星から、事件現場と時間を特定した映像を入手できるはず、との意見も作中でもたらされる。

 またある作品では、歯型の画像が使用されず診断書での状態報告だけで歯型を特定してしまう鑑識現場での死者の同定作業を欺くような犯罪例が描かれている。日本の警察捜査が、CSIのような科学捜査には未だ未だ遠い後進国であることを小説は強く訴えかけている。冤罪大国であった歴史含め、なかなか改善されず、動脈硬化状態に陥った日本を少しでも切り裂こうと、日々作品に意志を込めて来た作者の姿勢と才能に敬服する。

(2019.4.5)
最終更新:2019年04月05日 10:02