ゴーストライター



題名:ゴーストライター
原題:It Happens In The Dark (2013)
著者:キャロル・オコンネル Carol O'Connelle
訳者:務台夏子訳
発行:創元推理文庫 2019.3.15 初版
価格:¥1,480


 氷の天使キャシー・マロリーのシリーズ最新作。実は、前々作『ルート66』感動の最終章を境に、確実に我らが美しきソシオパス刑事マロリーは、変化を遂げたように思う。

 機械の如く無感情に見える彼女の中で何かが少しだけ変わった。ほんの片鱗に過ぎないかもしれないが、ある種の愛情に近いもの、優しさ、女性らしさのようなものが加わってきたように、ぼくには思えてならない。

 そんなものはおくびにも出さないという不愛想さは、無論かつてのままである。どう見ても、常時、鋼鉄の鎧で武装しているように見える。ホルスターに吊るした銃を意図的に覗かせる。超高級ブランドしか身に着けない。皮肉と攻撃性に満ちた会話と、人を寄せつけない無表情が彼女のスタイルである。それでも、瞬間が描かれるのだ。血の通わない人形のようなヒロインに、一瞬だけ流れる人間らしさ、という貴重極まりない一瞬が。

 前作では、ウィリアム症候群の少女ココとの相互の愛情がとても印象深かったし、本書でも、心に傷を負った人々、愛情に恵まれぬ育ち方を余儀なくされた者たちとの交情のシーンなど、マロリーの、ここのところの魂の安定ぶりを感じさせ、エキセントリックな主人公から親近感の持てる素敵なヒロインへと、わずかながら境界を超えてきたような安心感を読者に与えてくれる。冷徹なヒロインだからこそ、その瞬間が心に響いてくる。

 さて、劇場型殺人事件というと、怪人二十面相のような派手な悪役を想起するのだが、最近ではネットライブを利用したような公開処刑のようなドラマ・映画が増えているように思える。本書は、その手の劇場型ミステリというより、むしろ劇場で三夜連続して起こった、人の死の謎を捜査するという警察小説である。つまり劇場型ミステリではなく、劇場を舞台にしたミステリなのである。

 上演される舞台劇の脚本が、謎のゴーストライターによって書き換えられ、上演一幕後の暗転のときに毎夜、殺人が起こる。それだけを聴くと、どこか古臭そうなネタに思えるが、実際は、スピード感と展開力のあるストーリーテリングによって、ぐいぐい読める、さほどおどろおどろしくもない、時にはユーモアすら感じさせるエンターテインメント小説である。

 舞台監督、舞台演出家、役者たち、脚本家、衣装係、舞台係、照明係、劇評家といった人物たちが登場するのだが、それぞれのキャラクターたちの癖の強さに圧倒され、眩暈がしそうになる。かつてネブラスカ州で起こった一家惨殺事件との繋がりも見えてくる。惨劇から生き残った二人の子供たちの話も絡んで来るなど、現在の事件の謎は、さらに奥行きを増し、それぞれの人物の思惑も錯綜してくるのだが、マロリー、ライカー、チャールズのレギュラー・トライアングルを軸にした捜査網は、複雑に入り組んだ人間関係を解明してゆくことで、それぞれの真実に迫ってゆく。

 捻じれて縺れ合った幾本もの縄を丹念に解きほぐしてゆくような快感を、悲しみには復讐という快感を、ラストで必ず補償してくれるシリーズの王道は、本作でもいささかも崩れない。前作同様、このシリーズ、波に乗っているな、との感を強くした一冊であった。

(2019.03.18)
最終更新:2019年03月18日 17:28