熱愛



題名:熱愛
著者:香納諒一
発行:PHP研究所 2018.9.28 初版
価格:¥1,800-



 オープニングはタランティーノ、クライマックスはジョン・ウー。映画監督の演出で例えた場合のぼくの印象。まさに『パルプフィクション』の有名なシーンそのままのショッキングな幕開けでスタートする本書。何たる登場人物たちだと心配になるほどのキャラクターたち。とても懐かしく、香納諒一初期長編作品二作『時よ夜の海に瞑れ』『石(チップ)の狩人』の安元兄弟を想い出す。やはりこの作者、主役のみならず脇役キャラを作るのが相変わらず上手い。

 香納作品としては、相当活劇性の高い作品である。アクション、ノワール、ハードボイルド、とサービス満点のダイナミックなストーリー展開で見せる、非常に娯楽的作品である。しかし、同時に主人公である一匹狼・鬼束啓一郎の人物造形のために、本書まるまる一冊使った小説でもある。ただの人間不在の機械的アクションではない。そう思うと嬉しくなる。この主人公の、悲しいほどの絶望感。捜査を通じ、傷を癒し、徐々に再生に向かってゆく物語は、つくづく秀逸である。

 ダイナミックな展開と聴き込みなどディテールの蓄積。緻密な構成力で書かれた世界である。登場人物も多いが、中でもミスターと呼ばれる殺し屋の設定が、凝りに凝っている。スケールが大きく、非常にミステリアスな本作の物語展開の鍵を握る存在でもある。我らが私立探偵の他に、ヤクザ、警察、政治屋、情報屋、掃除屋と、犯罪に関わるキャラクターばかりで、ほぼ堅気の人物は出て来ない。フィルム・ノワールみたいな作品だ。

 ちなみに鬼束の一人称文体は、一度も自分の職業を私立探偵とは呼んでいない。「金で頼まれたことを請け負うよう」な仕事で生活をやりくりしているらしい。探偵などというものではなく、「この街の誰彼と同じ卑しい人間」だそうだ。彼が自分の職業を誇りをもって私立探偵と言える日が来るのは、いつのことなのだろうか。本書の結末を見る限り、それは遠い日のことではないような気がする。

 これからもこの物語のように、難しい事件の真相を辿る行為を通して、苦しみ多い贖罪とも言える日々を通して、彼の再生の日が来ることを祈りつつこの本を閉じたい。

(2019.3.13)
最終更新:2019年03月13日 18:55