許されざる者


題名:許されざる者
原題:Den Döende Detektiven (2010)
著者:レイフ・GW・ペーション Leif GW Persson
訳者:久山葉子訳
発行:創元推理文庫 2018.2.16 初版
価格:¥1,300


 2018年秋に読んで、とても印象に残る作品だったので、昨年の『このミス』では5位に投票したのだが、今思えばもっと上位に入れてもよかったかもしれない。本国スウェーデンでは、いくつかのシリーズ作でヒットを飛ばし、うち何本かはTVシリーズにもなっているこのレイフ・GW・ペーションであるが、日本ではほとんど知られていない。本邦初訳となるペーションのこの作品は、各賞を総舐めにした傑作である。この作品に出会えて本当によかった。

 主人公は国家犯罪捜査局長官のラーシュ・マッティン・ヨハンソン。何と、この主人公、作品のスタート時点で、ホットドッグ屋台の前で脳塞栓を起こし、意識不明の状態で病院に運ばれてしまう。やがて意識は戻るが、元の体に戻る見込みは相当に薄い重病である。このヨハンソンは、シリーズ主人公であり、これはその最終作なのである。シリーズ読者は驚くだろう。ぼくのように邦訳作品を手に取る者は、初対面の主人公がいきなり病床で、未解決事件の捜査指示を開始しやがて解決に導いてゆく本書の構成を、普通のこととして読んでしまうが、巻末解説で各種シリーズの紹介がなされており、実は、これがこの存在感ある主人公の結末かと思うと、とても複雑な気持ちになった。もっと早くシリーズ初作から邦訳されていれば……。

 スウェーデン本国のファンには後れを取ったものの、それでもこの一作は素晴らしい。身体は動けないが、事件と生命への執念を燃やす頑固親父の主人公は、25年前の幼女殺しという未解決事件にのめり込む。彼を手助けする個性的なメンバーが集められ、古い資料が取り寄せられ、ここからは捜査の面白さの中で、最初は薄ぼんやりとしている人間関係の深淵が、次第に明確な真実の形を成してゆく様を読んでゆくことになる。捜査小説の王道である。ディテールから徐々に見えてくる真実。ほぼ捜査だけで、事件を終結させる一冊であり、その語り口に一切のけれんも感じさせない。

 しかもこの事件は、時効法成立前の未解決事件であるため、もし真犯人がわかったとしても法的処罰を下せない。罪と罰という因果に、この作品はどう決着をつけてゆくのか?

 本作で最も素晴らしいのは、いわゆる「キャラが立っている」ことだ。多くの人物が登場するのに、それぞれに見事なほど存在感があり、個性がある。アンナ・ホルト刑事もエーヴェルト刑事も、それぞれが主役でのTVシリーズになっているらしいので、人物像がしっかりしているのもむべなるかな。さらに本書も、3話構成でドラマ化されており、この作家は、小説のみならず映像作品でも本国では著名であるようだ。

 最後に、緻密な捜査について。作者自身が犯罪学者として、国家警察省長官の補佐役まで勤めた経歴のある現実に根を下ろしたという、文芸界では極めて稀有な存在であるため、地に足のついた捜査模様が積み重ねられてゆく、本書ならではの着実なリズム感も、そうした素地から生み出されたものだろう。

 北欧ミステリの面白さは、歴史的かつ社会的事実に、時間軸かつ地形軸で、しっかり考証された現実味というところあるように思う。現実は、小説世界と読者の側の世界とを結びつける共通のものだからである。本書の犯罪一つとっても他人事とは思えぬリアルな事件であり、いくつもの真実の要素を身に纏っているからこそ、我々読者側の真剣さを引きずり出してくれるものなのだろうと思う。

 折角の機会だ。この作品を機に、ペーション作品が多く邦訳されることを強く願ってやまない。

追記:ちなみにタイトルの『許されざる者』だが、ジョン・ヒューストン(1960年)、クリント・イーストウッド(1992年)、李相日(2013年)、いずれの監督作品とも無関係である。

(2019.03.11)
最終更新:2019年03月11日 13:23