立ちすくむとき



題名:立ちすくむとき
作者:東 直己
発行:ハルキ文庫 2004.9.18 初刷
価格:\560

 1996年~1997年にかけて月刊『新刊展望』に連載された超短編作品を24作収録したのが本書。1996年といえばちょうど『ライダー定食』が書かれた時代であり、畝原シリーズがスタートした年でもある。

 『ライダー定食』を見る限り、あるいは『待っていた女』を見る限り、既に作家として成熟した感のある東直己だが、そういう期待を込めて本書に向かうと落胆すると思う。いわゆるサービス精神のない、まじめな短編ばかりだ。

 どちらかというといろいろな人間観察の賜物というべきか、老若男女のそれぞれの悲哀を綴ったもの。いや悲哀というには大げさ、そもそもドラマティックな部分などさしてない、あまりにもちょっとしたこと、少しだけえっというシーンだけを敢えて取り挙げて列挙した作品。小市民たちの人生絵図と言いましょうか、実に説明しがたい不思議な、コラムのような……。まあ、要するに読んでさほど面白い本とは言えないと思う。

 『ライダー定食』の中の一作『千九九三年八月十六日』という作品が実はこれに類似している。次々と主人公を変え、それらの皮肉を綴り挙げた連作短編小説集のような短編、なのだが、この表現ではわかりにくいだろう。でも本当に「連作短編小説集のような短編小説」であるのだ。それに近いのが本書。連作ではないけれど、なんとなくいろいろな人物を主人公にして、ともかく皮肉のスパイスの中に落ちてゆく。その落ちが『立ちすくむとき』であるのだと思う。表題の短編はありません。

 そもそもあまりメジャーじゃない雑誌に、さしてページ数も与えられず連載された物語集である。よほどの東ファンでなければ、雑誌もこの本も素通りしてゆくことだろうと思うし、そう、そういう本だと思っていただいて構わないと思う。

 ぼくはよほどのファンだからけっこうこうしたものでも興味深く読みましたけれども。

(2004.11.7)
最終更新:2007年01月05日 02:14