希望荘



題名:希望荘
著者:宮部みゆき
発行:文春文庫 2018.11.10 初刷
価格:\900-



 中編四作を合わせた、ご存じ杉村三郎シリーズ三長編(『誰か Somebody』『名もなき毒』『ペテロの葬列』)のその後を描く連作中編集である。この一冊の本に副題があるとしたら、それはきっと<誠実>だろう。

 何しろ杉村三郎という新米探偵自体が「誠実」の塊みたいな存在である。作者自身の誠実さの分身とも言える。

 そして作品そのものがとても誠実に見えるということでもある。小説作法に。そして作品が向かい合う現実との折り合いということに関して。杉村三郎探偵事務所を流れる時間と、連作中編集ならではの各作品を接続してゆくメインプロット外の様々な様相(人々・土地・場所・いきさつ)の描写において。

 とりわけ小説の背景となる時間軸が実に正確である。おそらく本書最後の中編作が、東日本大震災にかかる物語であるから。そしてそこに本書の時計の針がきりりと合わせられているから。

 2016年に小学館から初版刊行、昨2018年11月に文庫化された本書が、今この時期、書店の店頭に沢山ディスプレイされているのを見て、ああ、このシリーズの最新刊ハードカバー『昨日がなければ明日もない』出版と併せてということなのかと、大小の書籍であり同シリーズである二作を見下ろしながら考えていた。当初は。

 しかし、それだけではなかったと、読んでみて気づく。前述したようにこの作品は最後の中編『二重身』が、東日本大震災の時期の物語なのである。その震災のときでなければならない作品なのである。だからこそ、今、ディスプレイなのだった。

 東京下町に事務所を構える杉村三郎が、あの大きく長い揺れを経験した現実の人々と同様に、あのときの恐怖を感じ、すべてが平時と異なる時間に滑り込んでゆく。本書は、現実の時系列に即した中編集であり、現実に生きる市井の登場人物たちの活写であり、読者の側の現実の時制に常に楔を打ちながら進んでゆく物語なのである。それ故に、誠実な作品集なのである。

 杉村三郎が、前作『ペテロの葬列』を受けて、それまでの仕事や境遇に別れを告げたところから、この作品集は始まる。山梨の故郷に帰ったり、下町に探偵事務所を構えたり、震災で引っ越しを余儀なくされたり。それぞれの中編のメインストーリーと並行し、彼の人生の物語が語られてゆく。そちらの方がむしろ興味深いと言ってもいいくらいだ。探偵ごっこと言っては失礼だが、これほど新米で頼りなく、だからこそ親近感を覚える探偵ヒーローは前代未聞で素敵だ。

 続く新作も中編集である。震災後の彼の活躍に期待しよう。

 追記:3日後に東日本大震災から8年を迎えようとしている今日という日にこの本を読んだのは、とても偶然とは思えません。本書に出会い、あの時の空気と風、そこから生まれた多すぎる犠牲とそれを乗り越える再生の時間を共有して頂ければ幸いです。

(2019.3.8)
最終更新:2019年03月09日 06:44