地下道の少女



題名:地下道の少女
原題:Frlickan Under Gaten (2007)
著者:アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ Anders Roslund & Börge HellstStröm
訳者:ヘレンハルメ美穂
発行:ハヤカワ文庫HM 2019.2.25 初版
価格:¥1,160


 現実に即して書こうと意図した作品には、すっきりした終わりはない。小説題材となる現実を、普遍的な形として世界の記憶に留めようと意図する作家は、読者が求める単純化に応えることは容易にはできない。何故なら現実が抱える問題は、今もなお解決を見ることなく、ずっとそこにあり続けるものであるからだ。だからこそ、この種の作品はどこかで必要とされ、そして誰かに読まれる時を待つ。

 これは子供たちの物語だ。家族に捨てられたり、家族から逃げ出したり。ストリート・チルドレン。北欧では冬を越すためにシェルターや施設に逃げ込む者、連れ戻される者もいる。しかし帰りたくない、逃げ続けたい子供たちの一部は、何と地下道に居住している。地下道で火をおこし暖を取り、暗闇の中で何年も生きる子供たちと、共存する初老の世捨人たち。福祉国家として名を馳せるスウェーデン。そんな国でも公営機関はその種の人々の存在を認めようとせず、見た目の数字だけを誇りに虚像の上に座り込んでいる。

 どこかの国と同じだ。日常的に虐待を受けている少女が、学校や児童相談所に自らの危険を顧みず訴えたにも関わらず、最も危険な家族のもとへ帰されてしまった今年初頭の事件。他人事でしかない問題を、書類という形で右から左へ送るしか能のない公職という実態。逃げ出すべき地下道を見出すことなく、父親に殺されてしまった少女。まだまだ発見されぬこの手の事件がこの国にはもうないと誰に言えよう。日本にも家庭から追い出されたり逃げ出したりしてストリート・チルドレンとなった子供たちが皆無だと誰に言えよう。日本の都市の地下道にも少女たちが隠れ住んでいないと誰い言えよう。

 そうした事件の一方で、ルーマニアから来たバスがストックホルムの街で、ある冬の朝、43人の薬物中毒の子供たちを放り出した。これも真実の出来事。作家はこれに脚色を施し物語の一方に加える。

 シリーズならではの三人の刑事の書き分けも見事だ。60歳を間近にしたエーヴェルト・グレーンス。頑固者を通り越し、もはや偏執狂のサイコパスの領域にありそうなヴェテラン刑事。アンニの病状の変化にぐらつく中でめった刺しにされた女性の殺人事件を追う。妻と息子との生活と刑事としての職務の間のバランスを取り切れていないかに見えるデリカシー溢れる刑事スヴェン・スンドクヴィストは本書ではその人間味をひときわ光らせてみせる。さらに新米捜査官なのにエーヴェルトのお眼鏡にかなった有能な女性刑事マリアナ・ヘルマンソンはルーマニア移民の子として、街頭に捨てられたルーマニア孤児43人の事件を独りで追う。

 二つの事件で、親に捨てられ、薬漬けにされ、精神や肉体を侵された子供たちが多く登場したり、刑事たちがそれを目撃したりする。多くの悲劇が背景にあるのにそれに眼を背ける国の中で、小説が何をできるのかを証明しつつ、絶妙のストーリーテリングで現在と三日前からの過去を往還しつつ、読み始めたら止まらないスピード感と面白さ。今に始まったことではないが、ラストシーンでの驚愕のどんでん返し。暗い題材に眼を向けながらも、飽くまでエンターテインメントとしての王道を行く、本シリーズの価値、健在なり!

 付記:同様の恐怖を感じさせられた作品として、香納諒一作品『絵里奈の消滅』を紹介しておきたい。ある少女の生死自体が社会に痕跡を残さないという事件を題材にしており、ハードボイルド・エンターテインメントとしても秀逸である。

 蛇足:本書で設定されている現在は偶然ぼくの誕生日の一日である(1月9日)。勝手ながら個人的な運命を感じた次第。最近、ぼくは運命というものを心の片隅で感じ始めているように思います。

(2019.03.02)
最終更新:2019年03月02日 15:27