死ねばいなくなる



題名:死ねばいなくなる
作者:東 直己
発行:角川春樹事務所 2002.1.8 初版
価格:\1,500

 東直己の著作も出尽くして、とうとう掘り出し物で一冊こさえてみたよ、とでも言うような、まあ普通の読者にとってはどうでもいいような短篇集だが、文芸評論家とか学者とか言った手合いにとっては、東直己がまだ磨かれぬ原石だった頃の作品集だとか、純文学として捉えたい東的側面とか言いたくなるような、まあ重要視したくなるような不思議な本であるのかもしれない。でも、まあ相当な東ファンでない限り無理して読むことはないだろうなあというのがぼくの感想。ぼくは相当な東ファンを自称したいので、まあいいのだけれども。

 研究資料としては貴重だろうなあと思われるのは、まずこの本に収められた作品のどれもが、『探偵はバーにいる』によるメジャーデビュー以前の作品だということ。1987年から1991年に渡る「その前夜」の作品群なのである。初出誌も『小説臺號』『北方文芸』とちょっとぼくには思い当たらないものばかり。

 例外はある。『困っている女』という作品だけは書き下ろし。きっと商品価値のある本にするにはページが足りなかったのだろうなあと思える。一つ書き下ろせばまあ体裁のある本にはなります、っていうところだったのではないかと類推したくなる。こういう事情って作家と編集者の間ではよくある話であるだろうなあと、何となく考えてしまう。

 さて内容だが、不思議なものばかりだ。虚実が曖昧などこか幻想小説とリアル過ぎる現実的な描写とがシームレスに絡み合って、足元から崩れ去るような不安を具体的な物語として表現しているようなものばかり。こんな風に数行で表現するにはちょっと奥行が不足してしまうし、何よりも東直己は小説作家だ。小説という具体的な形でこういう不思議を表現できるというのは、やはり娯楽作家と言えどもどこか奇才の顔を備えた作家であるのだと思う。

 最初に書いたように、まあ普通の読者は読まなくても別に構わない。相当の東ファンであるなら是非とも読んでおいていただきたい。

(2002.11.17)
最終更新:2007年01月05日 02:12