鷹の王



題名:鷹の王
原題:Force Of Nature (2012)
著者:C・J・ボックス C.J.Box
訳者:野口百合子
発行:講談社文庫 2018.11.15 初版
価格:¥1,100


 猟区管理官ジョー・ピケットシリーズにこれまで濃い陰影で奥行きと謎深さをもたらしてきたもう一人の魅力的なキャラクターネイト・ロマノウスキが、とうとうこの作品でベールを脱いだ。

 ウォルター・モズリーのイージー・ローリンズシリーズにはマウス、アンドリュー・ヴァクスのバークシリーズには音無しマックス、ロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズにはホーク。いつだって探偵のシリーズには、バイオレンスのサイドに生きる影のような存在が付きまわる。ヒーローのやれない力を悪の側から行使して、主人公の存在をより複雑にしてみせる。

 本シリーズでは、まさにネイトロマノウスキがそれに当たるのだが、前述の暗黒ヒーローたちでトーナメントを闘ったらおそらく勝ち抜くのは彼だろう。

 それほどの能力を備えた元特殊部隊兵士にして鷹匠、現代の社会構造からドロップアウトして大自然の只中で生きる孤高のサバイバリスト。

 本シリーズ主人公ジョーの世界はワイオミングの大自然や野生への愛であり、妻や娘たちとの必死な家族の営みの中にあり、彼はそれら愛と信念のためには己を絶対に曲げない頑固ものであるゆえに、荒野のディック・フランシスなのである。

 しかしネイトの世界はより荒涼とした過去の暴力世界から生まれた孤独極まりないものであり、ジョーとは如何なる意味でも対照的だ。では何故ネイトがそもそもそのような救いなき道のりに乗り出さねばならなかったのかを、本作において作者はやっと明らかにしてくれた。

 デイヴィッド・マレルの有名なランボーが、上官によって作られように、本シリーズの世界でもネイトを作り出した者がいる。その怪物はネイトを探し命を狙い続ける。圧倒的な武器、諜報網、残酷さによって。ネイチェクと呼ばれるこの人物はデータとしては存在しない悪魔のような存在として、ジョーたちの街を非情な狩の場に変える。

 すべてのページに恐怖と緊張が詰まっているようなサスペンスフルな大作である。圧倒的な戦闘能力を持つ敵たちの中で、巻き込まれゆくジョーの一家、彼らを守りながら単身で闘わねばならぬネイトの行動の数々。

 まさにシリーズの空気を塗り替えるような緊迫に満ち満ちたストーリーでありながら、そこに人間の要素である、愛と友情と誇り、さらには大自然の厳しさ、美しさ、鷹の誇りを気高く描いた、シリーズ屈指の作品が本書である。

 興奮収まりやまぬ読後。冒険小説の復権。早くも今年最高作品はこれで決まり!

(2019.1.22)
最終更新:2019年02月25日 16:34