冒険の蟲たち



題名:冒険の蟲たち 【新装版】
作者:溝渕三郎・與田守孝・長篠哲生共著
発行:白山書房 2018.6.25 初版
価格:¥1,700-




 登山の好きな者ならば、誰もが憧れの場所を持っている。憧れの山やルート。胸のうちに育て、その山行をを実現するために、日常生活の中では密かにその夢という卵を暖め、少しずつでもその準備を進めてゆこうと思うだろう。

 その夢の困難度やスケールは、人によって違っていい。自分を取り巻く状況。自分にフィットした計画。例え難しかろうと、実現が不可能ではなく、手繰り寄せることのできるもの。

 また、それが、若いうちであればどうだろう。時間と体力はあるが、金や恐怖心はない。そんな充実した青年期であればどうだろう。その時期にしか見られない夢。実現させるべき夢。それらを大切に抱えて、残りの人生を生きて行ける礎に、代えることのできるほどの経験。

 北南米大陸を車で縦断しながら充実した登山も楽しもう。そんな計画を立てた三人の若者たち。彼らによる実際の記録を一冊に纏めたものが、本書である。40年余りの歳月を経て、ぼくは今、1976年の山と冒険の記録に、少なからず興奮している。

 船戸与一の作品に出てくるような殺し屋や、ジャック・ヒギンズの小説に出てくるような、アマゾン上空に舞うオンボロ飛行機はさすがに登場しない。しかし、戒厳令下で唸る銃撃音、油断ならない泥棒たち、危険な人喰いドジョウなどは、実際の記録として本書に登場する。

 この世の果てのような広大な南北アメリカ大陸。オンボロ・シボレーのマラバ号に乗って走る男たちの、脳天気な自由さも、彼らが未踏の岩壁に気力と体力を賭ける一途さも、若く充実した本書を綴る青春の両側面だ。

 僻地に住む移住者たち。途中合流したり、途中帰国を余儀なくされる仲間たち。多くの志ある人たちに助けられながら、一年近くに渡る冒険の旅を実際に続けたこの物語。その破天荒な面白さは、一流の冒険小説家でさえ思いつけない奇跡とタフさに満ち溢れている。

 巻末には、放浪中の彼らに関わった方たちによる彼らの想い出が寄せられており、これまた血の通った温かいページばかりで、相当にじんと来ます。

 ベトナム戦争の終結。猪木対アリの一戦。『真夜中のカウボーイ』。1976というあの時代、自分は彼らの直近にはいなくても、この本の愛すべき彼らと、そんなに遠いところにいたわけではなかったかな? 今さらながら自分の無茶苦茶だった青春の弱さも逞しさも、そんな風に思い返すことができた。

 何だか、心が熱く、温かくなる、期待通りの時間を、闘病中、ザック片手に病室に立ち寄ってくれた柏澄子より頂きました。おかげで一生忘れてはならない書籍になっちまったよ。

(2019.1.27)
最終更新:2019年06月27日 13:34