生贄の木



題名:生贄の木
原題:The Chalk Girl (2011)
著者:キャロル・オコンネル Carol O'Connell
訳者:務台夏子
発行:創元推理文庫 2018.03.16 初版
価格:\1,400


 劇画的なまでのけれん味たっぷりな誇張により、常に超越的な存在として彫刻のように描写されてきたこの世で最も美しく冷たい女刑事キャシー・マロリーのシリーズ最新作。と言っても10ヶ月前に邦訳された作品。さらに言えば原作は2011年にUSA出版済み。

 創元推理文庫の翻訳作品が原作出版から10年単位の遅れというのは今に始まったことではないのだが、そういった長い長い時差を経てもなお良作と呼べる物語(もう完結してしまったがR.D.ウィングフィールドのフロスト・シリーズや、新ミステリの女王ミネット・ウォルターズの作品群等含め)をしっかりと日本人読者に届けてくれる地道な無骨さは、海外小説の老舗出版社としての信頼性に確実に繋がるものだろう。

 さて、キャシー・マロリーだが、このシリーズ、実は作品毎に独立したカラーやアイディアを持っており、作品世界の振れ幅が並ではない。特に前作『ルート66』は、キャシー・マロリーの真実を知る上で『天使の帰郷』以来の重要な作品であった。

 完璧に美しく冷静な女刑事マロリーは、シリーズ一作毎に新たに彫刻され、徐々にその本当の姿が露わになるように作られている。孤児であるところを刑事に拾われ育て上げられた元野生児にして泥棒少女、今では天才ハッカー、社会病質者、敏腕捜査官、氷の天使。前作でニューヨーク市警を3ヶ月無断で不在にしルート66を走り回って帰還したマロリーは、市警上層部の組織圧力を跳ね除け、セントラルパークの森に吊るされた三体の遺体の謎に迫る。

 マロリーの同僚ライカーと、コンサルタントであり信奉者であるチャールズ・バトラーとの個性のトライアングルは、シリーズを通して健全。健全というのはつまり葛藤だらけだということ。

 そして二人の印象的な子どもたち。染色体異常の病に侵されつつも言語的かつ音楽的早熟の才能を示すココ。存在を葬られた影となって15年前の現実を示すアーニー。

 事件の裏には家族たちの恩讐、社会構造の歪みを示す財団の影、警察や法曹界を組み立てる官僚組織の中に確実に蔓延る腐敗、そして何よりも喜劇的までの人間のエゴと醜悪等々が見え隠れする。

 マロリーの射るような冷たい眼差しから、奴らは決して逃れることはできない。複雑に絡み合った枝葉を通してストレートパンチのような小気味良さが最後に響き渡るシリーズのリズムは、本作でも実に健全である。

(2019.1.24)
最終更新:2019年02月25日 13:26