英雄先生



題名:英雄先生
作者:東 直己
発行:角川書店 2005.12.20 初版
価格:\1,700

 今回ばかりはススキノ便利屋シリーズよりも、こちらの作品に軍配が上がる。何よりも島根県松江市を舞台に、自棄気味な高校教師を主人公にした冒険ミステリ、というところに新鮮な興味を覚える。

 導入部が、いい。転がる男の死体。少年と死体から逃げ出す少女。近づいてくるハイエース。その少女を拉致する何本もの腕。

 続いて、教え子とラブホテルでベッドインするわれらが主人公教師の姿。ホテルのテレビでは、38度線を破って韓国側に雪崩れ込む北朝鮮人民の群集。

 何という破天荒な展開であろうか。事態はジェットコースター気味に思わぬ展開を見せてゆく。拉致された生徒を追って、近親身分の教師は、私立探偵まがいの調査を開始し、風変わりな謎の中年男と道連れになる。退学不良少年と恋人である教え子。四人の道行きは、危険を孕んだまま、隠岐へ向かう。

 四人の強烈な個性がぶつかり合い、火花を散らし、ショートする、破茶目茶な道行きも面白いが、彼らの抱えている過去、こだわり、傷口の痛みなどが次第に露わになってゆく中で、互いに労わり合いつつ、ふざけ、笑い合うなど、独特のチームワークが醸し出されてゆくあたりが、この作品の読みどころである。

 教師という、モラルの軸であるべき職業を中心に据えて、そのモラルの軸にすがれなかった主人公は、ボクサー崩れであり、マットから立ち上がれないまま地べたを這いずり回って生きてきた。真の愛にもモラルにも人間関係も持てず、失われた夢を、他人のものとして、目を逸らし続けてきた。

 事件は次第に大掛かりな背景を露わにしてゆく。北海道では消費者センターなどの活動により壊滅させられた宗教団体という、描写が出てくる。畝原シリーズ『流れる砂』の一件だろう。

 東ミステリに出現する悪の形は、いつも常に尋常ならざる悪である。悪であることを意識できないばかりか、常に己の別の世界、別の論理に生きている、肌寒くなるほどの悪である。そうした理解の壁の向うにある悪との完璧なる対峙構造によって、主人公らの健全さが徐々に浮き彫りにされ、それらが自己の再発見に繋がり、彼らのレゾン・デートルを確立してゆく。

 本書も四人の世代を越えた男女による、自己発見の旅であり、愛と癒しを求める冒険譚である。ある意味小説としての原型ともいえるこのプリミティブさが、東ワールドの魅力であるのかもしれない。

(2006/01/08)
最終更新:2006年12月17日 22:44