汚染訴訟





題名:汚染訴訟 / 上・下
原題:Gray Mountain (2014)
作者:ジョン・グリシャム John Grisham
訳者:白石 朗
発行:新潮文庫 2017.2.1 初版
価格:上¥750 下¥670

 地道に作品を書き続けるグリャシャム。シドニー・シェルダン張りの超訳という暴挙に曝された初期の何作か以外は全部読むことにしているので、少し溜まってしまった読み残しに手を付ける。
本書は、リーマンショックを受けてアソシエイトの整理に大わらわとなったマンハッタンの巨大法律事務所の朝で幕を開ける。

 主人公は珍しく『依頼人』(スーザン・サランドン主演の映画も名作『グロリア』ばりに良かった)以来となる女性である。しかもキャリア3年。訴訟経験なしだが、家庭環境はまるで法曹界サラブレッド。

 多くの弁護士が職を失う中で我がヒロインも泣く泣くニューヨークを後に、アパラチア山麓のウェストバージニアの田舎町で一年間の無償奉仕を選択する。クレイジーで荒っぽい大歓迎を街の変り者から受けた後、この町がじわじわと滅びに向かっている事、多くの人が救済を必要としていること、その原因となっているのが、山を切り崩しての石炭の露天掘りを強引に広げる巨大会社、彼らが使う金権法律事務所の輩たちにあることがわかってゆく。

 ヒロインが加わった女性ばかりの相談所には毎日のように石炭会社の貧しい被害者が飛び込んでくるので、それらの一件一件でそれぞれに短編作品を作れそうな勢いだ。そしてこのど田舎性こそが実はグリシャムという作家の魅力でもある。

 都会よりも南部の田舎町に舞台を置くことの多いこのリーガルサスペンスの巨匠は、実は『ペインテッドハウス』など、サスペンス外のホームドラマなどで南部に暮らす少年たちの逞しくも胸踊るアメリカンな傑作小説を書いてもいる。
本書は、石炭会社との大きな闘いを主たる大訴訟のターゲットとして据えてはいるが、実は女性弁護士が自己の発見と人生の選択をしてゆく成長小説としての魅力の方が読み応えも作品価値と遥かに大きく、古くからのグリシャム読者としては相当に嬉しい一作なのである。

 一方で、町には既にヒーローとも言うべき若き弁護士の姿があり、鉱山訴訟の本命はむしろ彼によって進められてゆくのだが、この作品には大きな驚くべき折り返し点がある。
上下巻の厚さに100ページ程の差があり、値段も各巻異なるのが珍しく、読書前から気になっていたのだが、それはこの折り返し点の存在があるためだ。これを境にヒロインの運命は確実に変化を余儀なくされてゆき、訴訟そのもの以上に、彼女の価値は膨らんでゆく。

 どんな選択をするのか、どのように準備して、どのように変わって行こうというのか。良き小説作品が持つべき魅力を確実に備えた信頼のグリシャムワールド、健在なり!

(2019.2.11)
最終更新:2019年02月25日 12:22