神奈備



題名:神奈備
著者:馳 星周
発行:集英社 2016.06.10 初版
価格:\1,600-

 『蒼き山嶺』の原点はこちら。二年前の作品で山岳小説としては粗削りだが、『蒼き山嶺』のように国際冒険小説というのではなく、薄幸な少年の眼を通して神様の宿ると言われる山岳信仰の山・御嶽山のみが救いのように見えたというところに本作品の出発点がある。

 彼を取り巻く環境はおとぎ話のように薄幸でたまらないけれども、そういう家庭もあるのだろうなという想像は容易につくから、想像上だけの出来事でもないと思う。

 現実に涸沢にボッカしている時中学生くらいの独り旅の男の子に会って、何も装備していない事情などを聴いて説教したことがあるけれど(現実にはぼくではなく女子の先輩が心配してあれこれ問い詰めたのだが)、なぜこんな少年が穂高なんかに来てしまっているんだろうという疑問は残った。

 この作品では大人の世界の代表のような形で、御嶽山で強力を職業にしている中年男性が登場する。この小説の登場人物は少年と強力の二人だけだと言ってもよい。この二人のそれぞれの御嶽山での彷徨を題材にして一冊の小説を書いてしまったわけだが、そのこと自体は相当の難業であったのではあるまいかと思う。

 ストーリー以上に二人の人生を内省する場面、希望や落胆、愛や虚無などが心に泡のように浮かび上がっては消えてゆく心のストーリーと、二つ玉低気圧がもたらす風と初雪に曝されて地獄の様相を帯びてゆく山中の肉体的苦痛との描写が交代しては舞台上に上がってゆく。

 大自然の美も醜も味わう世界は、物語の三年前に唐突な火山爆発によって多くの死者を出した御嶽山である。多くの山岳信仰の歴史を集積した、神の宿る山であり、火山弾という悪魔の武器をも持てる山なのである。

 舞台と物語さえあれば作家は小説を書くことができる。そんなことを証明するかのような力作である。
 ちなみにぼくは木曽福島という土地に一宿一飯のお世話になった家がある。友人の姉がそこに嫁いだということで、穂高合宿の帰りに友人とともに厄介になったのである。その一家は御嶽山の高山植物を押し花にして土産物のしおりを作る代々の工芸家系であった。夜には木曽川の底の大岩が強い流れに転がる音が響く家でもある。

 友人の姉夫婦に車で連れられ、作中で少年が登山を始める登山口までワインディングロードを走った。少年は自転車でここまで辿り着く。そういえば馳星周は風間一輝の自転車冒険小説『男たちは北へ』を絶賛していたことがある。

 ぼくは御岳と谷を挟んで対面の木曽駒ヶ岳は冬季に登ったことがあるが、御嶽山には登ったことがない。本書は、御嶽山の魅力も恐ろしさも、人間の美しさも悲しさも込められた何か執念のようなものが感じられる一冊であると思う。

(2018.3.26)