蒼き山嶺




題名:蒼き山嶺
著者:馳 星周
発行:光文社 2018.01.20 初版
価格:\1,500-

 馳星周が山岳小説を書けるなんて知らなかった。ぼくが日々馳星周と低速度のモデムを繋いだPCを介して酒を呑みながら夜毎にチャットを繰り返していた日々から30年近くが経とうとしている。当時の馳星周(坂東齢人)は大学を出て間もない25才、作家を夢見るフリーライターだった。酒とパンク頭とピアスがその世代を強調しているかに見えた。山登りにうつつを抜かして頃のぼくから見れば、彼が山岳小説を書くなんて絶対に想像しようがなかった。

 白馬岳から栂海新道を辿って日本海へ。馳はこの道を実際に辿ったのだろうか。こんなに長い年月を経れば人は変わるものだ。人生のどこかで山に関心が向いたとしても何ら不思議はない。誰か親しい人の影響もあるかもしれない。それとも山になど関心がなくても、自分の小説のバリエーションとして想像力と下調べだけでこうした山岳冒険小説にトライしようとしたのかもしれない。

 白馬岳から栂海新道を辿って日本海へ。ぼくはこのルートを夏に辿ったことがある。学生時代。大学の内と外と二つの山岳会に属し、なお足りなかった山への渇望をどうなだめて良いのか困り果てていた頃のことだ。正確に言えば劔岳から日本海へ、11日間の縦走だった。途中台風で下山し、猿倉から白馬へ登り直しも有りなので完全縦走はかなわなかったものの、親知らず海岸に着いたときの歓びは今でも忘れ難いくらいの貴重な瞬間だった。

 本小説の舞台となる白馬から栂海新道はそのおよそ最後の一部三日間くらいの行程部分だ。しかし積雪期。登場人物は元山岳救助隊員と彼の山岳部時代の同僚、そして偶然行を共にすることになる若い女性。大半の登場人物はこの三人だけ。

 しかしそこに国際的な陰謀の要素が加わって山岳小説は国際冒険小説の様相を呈する。いいねえ、今どき冒険小説を読めるなんてそれだけでも幸せだ。山に話を持ってゆくためのプロットは少し強引に過ぎるとは思うが、その辺りは敢えて寛容となりたい。何せ、ここのところすっかり鳴りを潜めていた和製冒険小説というテーマに真向取り組んでくれたのが、あの馳星周なのだから、これ以上の祝杯材料はないのである。

 個人的に知っている作家が、個人的に辿ったことのある、希少(マイナー)な登山ルート栂海新道を舞台に、大好きな冒険小説を書いてくれたということ以上に、奇遇かつハッピーなことはないのである。しかも山を愛する主人公を活写してくれた。山や大自然の偉大さが、どんな地上の雑駁な人間模様をも凌駕し、人間を厳しく優しく包み込んでくれるという主題を明らかに示してくれたのである。

 何作もかけないテーマだとは思うけれど、より高度な山岳小説を目指して誰も書けない作品にチャレンジして欲しいものです。

(2018.3.26)