アクシデント・レポート




題名:アクシデント・レポート
著者:樋口毅宏
発行:新潮社 2017.11.20 初版
価格:\3.100-


 架空の飛行機事故を国家的アクシデントのネタに、取材者によるインタビューの集積という形を取って、現代日本の影を抉り出すノワールな創作小説、という解釈でよいのかな。いや、それではあまりに作者に対し失礼すぎる。二機の航空機衝突事故による約700人の被害者を出した延べ登場人物の多さでは比肩すべくもない大作、という意味では労力と資質と奇想がなければできないし、三日で読了することもできない二弾抜き640ページである。

 ぼくの読書傾向はまず大作志向である。ページ数の多さ、そしてそれを読ませる筆力、人間の面白さ、個性、といったところまでが求めてやまない点であるのだが、すべてをクリアしていないまでも、この大風呂敷の広げ方は、『雑司ヶ谷』二部作で出発した樋口毅宏という作家の揺るぎない独自性という意味ではぶれがない。むしろ真っ黒い墓標のような装丁の分厚い本を手に取った重量だけでも、作者の趣向に頷かされてしまう気がしてしまう。

 内容は飛行機事故に関わった様々な人々のインタビューで成り立っている。村上春樹が地下鉄サリン事件をもとに集積したインタビュー大作『アンダーグラウンド』みたいに。もちろんその影響も受けていると思う。村上春樹も樋口毅宏も現代の日本を抉り出すのに、ある大きな事件・事故を題材としたインタビュー大作を生み出した。村上春樹は実際に自分で試みたインタビューであるのに対し、樋口毅宏は架空の事故をもとにした創作されたインタビューなので、いわば『アンダーグラウンド』のパロディとすら読めないこともない。

 その辺りに樋口毅宏のえげつさがあり、内容的にも、村上春樹の品の良さからは程遠い、硬軟併せ持ったエログロまみれのいわば樋口毅宏独壇場といった自虐的なものですらあるのだが、飛行機事故がこんなにも多くの側面を描ける題材になるのか、と思うと背筋がすっと冷たくなった。というのは一つ一つのインタビューは10ページそこそこのものが多いのだが、実はそれぞれが長編小説になり得る題材ではないかと思えるからだ。

 敢えてかなり短めの短編作品集として全体を描こうという構図になっているのは誰でも気づくことだろうが、もったいないくらいのアイディアを10ページ平均のインタビューに詰め込んでしまっているところに、本書の力作たるゆえんがあるか、と唸ってしまうのである。

 気位の高い文学賞は目指せないかもしれないが、暗黒小説賞のようなものがあるとすればそちらでの大賞獲得に見合った作品になるかもしれない。王道ではなく、暗い方のアンダーグラウンドを覗いてみたい怖いもの見たさ大賞というものがあれば、確実に受賞しそうな負の迫力に満ちた大作であることは間違いあるまい。

(2018.2.1)
最終更新:2018年02月01日 21:49