渇きと偽り



題名:渇きと偽り
原題:The Dry (2016)
作者:ジェイン・ハーパー Jane Harper
訳者:青木 創
発行:ハヤカワ・ミステリ 2017.4.15 初版
価格:\1,800-


 原題は"The Dry"。なので邦題も『渇き』だけの方が良かった。完結なタイトルは好みなのだ。

 オーストラリア発の邦訳作品は滅多に手に入らないので、南半球ミステリとはかなり興味深い。ここでの『渇き』とは、ずばり乾燥のことである。オーストラリアでは雨に恵まれず長期的な干魃に身まれた挙句、大規模な山火事に発展することもあると言う。雨と湿度の多い日本に住んでいるぼくらには想像すべくもない水不足事情の下で本書はスタートする。

 幼い子供まで含めた農場の一家惨殺という衝撃的な開幕の地に、かつてこの土地を追いやられた主人公が帰郷する。捜査官として経歴を積んだ主人公の心中で、かつて自分と父とをこの土地から追い出すきっかけとなった謎めいた事件が蘇る。あの事件の関係者と噂される自分と、かつての親友。その親友が妻と子をショットガンで撃って自殺したとされるむごたらしい事件によって。

 刑事の帰郷と、二つの時代を結ぶ時間の糸。干魃に見舞われ、農業生活が危機に瀕して追い込まれた経済状況の貧村に蠢く悪意と偏見。

 いかにもオーストラリアらしい、風土ミステリーであり、そうした古い村ならではの閉塞状況に加え、一見そう見えるものがすべて見えるままではない不安定さ、むしろその裏側で重奏的に生まれる人々の想いの交錯し縺れ合う分厚さのようなものが、フーダニット・ミステリとして秀逸な本作の味わいだろう。

 時間軸が移り変わる中で、信じられるものが徐々に削り取られ、予想外の真実が姿を見せ始めるとき、主人公の中ですべてが変わる。

 主人公である帰郷休職中の捜査官と現地の警察官とのタッグによる事件解決までの情熱が物凄い。そして渇きが常に背景にあることで人間の安定がかくも容易に地滑りを起こし、大きな犯罪に繋がってゆくという悲劇の記述にも注目される。

 英国マンチェスター生まれの女流作家のデビュー作、骨太の力作として印象に残る一冊。

(2018.1.26)
最終更新:2018年01月26日 13:56