バサジャウンの影



題名:バサジャウンの影
原題:El guardián invisible (2012)
作者:ドロレス・レドンド Dolores Redondo
訳者:白井貴子
発行:ハヤカワ・ミステリ 2016.12.15 初版
価格:\1,900-


 ちょうどポケミスで手に取った本書がスペインのミステリという珍しいものだったので、一月のスペイン旅行の間に読むという計画を立てたのだったが、観光とアルコールと時差呆けなどで毎日が睡魔との闘い、1/4程度しか読めずに持ち帰ることになる。

 バスク地方のバスタン渓谷で、次々と少女の死体が見つかり、その捜査責任者に任命された女性捜査官アマイア・サラサスは、暗い想い出の残る故郷エリソンドの町に戻ってこの捜査に当たる。

 捜査そのものでぐいぐい進むのかと思いきや、快調なストーリーにブレーキをかけるかのように、本書はアマイアのトラウマともなっている過去の記憶をサブ・ストーリーとして語り出す。そしてアマイアの部下の捜査官たちとのそれぞれのやりとりも、銘々の個性を浮き彫りにさせるように丹念に書き込まれ、捜査ミステリをまるで断章として切り出すかのように分厚い描写で肉付けしてゆく。

 要するに、旅行で疲労した神経のもとで就寝前に手頃な本として読むには少し重たい。むしろしっかりと時間を作ってじっくりと取り組んで読みたい作品なのである。娯楽小説としてばかりではなく、バスクの民の歴史を抱える山村の、民俗学的純文学としても十分に評価されるべき作品でもある。

 アマイアは三人姉妹の三女で、長女と次女が代々続いてきた老舗の菓子製造業を継いでおり、それぞれの夫や兄弟同士の確執を原因とする混乱したシーンが連続する。アマイアの次第に明らかになる過去と家族の衝撃的事実と、現在の混沌が重なりぐつぐつと沸騰する家族の物語は時としてメインストーリーを食うばかりである。

 家族たち、捜査陣、事件に関わる協力者たち、そして死んでいった何人もの少女たちとその風変わりな殺害現場。様々な切り口からの興味を惹きたてて、泡立ってゆく煮汁のように、バスクの冬を切り裁く本作は、三部作の序章であり、映画化され今春スペインで公開を待たれ、予告編の動画も既に見ることができる。人気を得た本書は、その美しい自然が既にファンの観光先として注目されるなど、この山村にとても影響力を与えてしまったということである。

 そんなことであれば、先のスペイン旅行コースこの土地も組み入れるべく努力しておくべきであった。

(2017.2.4)
最終更新:2017年02月04日 11:38