水鏡推理 V ニュークリアフュージョン




題名:水鏡推理 V ニュークリアフュージョン
著者:松岡圭祐
発行:講談社文庫 2016.12.15 初版
価格:\680-




 核融合研究を題材にミステリを作るなんて想像もできないが、文部科学省の末席一般職のヒロイン水鏡瑞希のシリーズは、早くも5作目。一年で5作も書かれすべて文庫オリジナルで新作出版される裏事情はいったい何なのかわからないが、誰も挑んだことのない分野にシリーズ化して多面的に挑んできた松岡ワールドの実験的側面には感嘆するしかない。

 思えばこの一年、ドラマでも有名になった人気のシリーズ『探偵の探偵』『万能鑑定士Q』などを春に完結させ、ほぼ同時期に本シリーズに取り組んだ松岡劇場。三シリーズをブレンドさせてのバトンタッチも見事だったが、どこに蓄えられているのかわからない不可思議なエネルギーと活力は健在で、走り続ける松岡圭祐のペンの冴えは留まるところを知らない。

 多作なのに、ストーリーに淀みなく、題材に古さがなく、今を描く作家としてのアスリートぶりをいかんなく発揮し続けている。本書は核融合エネルギーという超新ネタ話題に加え、もう一つの人類生命の核融合技術でもある不妊治療というところにも視線が向けられる。

 キョーカさんという患者に深夜、都電荒川車庫駅に呼び出された瑞希は、彼女の口から「不妊バクテリア」という言葉を聞き、目の前で白衣の男たちに連れ戻されるショッキングなシーンを目撃する。

 部署移動によって新しい職場に面食らっている瑞希の前に別の事件が差し出されたかのように見えて、その不思議な夜が事件全体の核となって瑞希を陰謀の裏口に引き寄せてゆく。

 傑作小説『催眠』の導入部、ある人物が語った「ワタシハユウコウテキナウチュウジンデス」というセリフも凄かったが、「不妊バクテリアに侵され私は子どもを産めなくなった、彼らが不妊バクテリアをばら撒いている」というキョーカの言葉もその時の驚きを想起させる。それが松岡圭祐の手口である。

 奇術、手品、催眠、心理、博学、情報、といった言葉たちを思い起こさせる松岡圭祐の小説作法、そしてその他作ぶり、スピード。どれをとっても間違いなくエンターテイナーとしての才とパワーにに満ち満ちている。文庫で格安で大量に次々と面白さを提供してくれる稀代の娯楽小説作家の新作は、いくつもの罠と伏線に満ちていながら、水鏡家の家族の物語をサブストーリーとしても読めてしまう、シリーズでなくては書けないキャラクター造形も魅力である。

 手軽に楽しくそして一気に読める面白シリーズ加速中、といったところか。

(2017.1.8)
最終更新:2017年01月07日 11:32