アックスマンのジャズ




題名:アックスマンのジャズ
原題:The Axeman's Jazz (2014)
作者:レイ・セレスティン Ray Celestin
訳者:北野寿美枝
発行:ハヤカワ・ミステリ 2016.3.15 初版
価格:\1,800-



 世界レベルの新人作家というのは凄いものである。本書はCWA(英国推理作家協会)賞の最優秀新人賞受賞作であるが、ここまで凝りに凝った力作を書けるかと思うと、そのレベルの高さ、スケールの大きさに気が遠くなる。

 舞台は1919年、第一次大戦後のニューオーリンズであるが、この南部にあってプチ・フランスでもある奇妙なジャズの街は、同時にこの作品の本当の主人公でもある。それほどまでに当時よりジャズが鳴り響いていたこの街の活気は、人間臭く、そしてその裏にある時代の闇は深くどす黒い。

 しかもここで取り上げられた題材は、実際に1918年から1919年にかけて起こったアックスマン事件である。そして新聞に公表された連続殺人鬼アックスマンからの手紙をそのままに作中に引用して使用しつつ、作者なりのアックスマン事件の真相構築という曲芸をやらかしているものである。

 さらに言えば、三人の探偵役を負う登場人物がストーリーを解決に向けて進めてゆく。刑務所を出所するなり、地元ギャングからアックスマン事件を探るように命じられた元悪徳警官のルカ。ルカを密告し、内密に黒人の妻を娶っているゆえに反組織的と仲間たちから敬遠されるマイクル・タルボット警部補。探偵に憧れピンカートン探偵社に入るが事務職員でしかないゆえにアックスマン事件を進んで調査するアイダ・デイヴィス。

 特に、アイダは仲の良い友人のコルネット奏者ルイス・アームストロングと二人三脚で事件に関わってゆく。もちろんこれは後にサッチモとして知られるようになる天才ミュージシャンの若かりし頃。作者はこの時代にニューオーリンズにいた歴史的事実に着想を得て、本書での趣向をひねり出したようである。

 残虐非道な連続殺人事件の背後に政治的金銭的背景が潜んでいるという<街の本質>のようなものは、古い時代のアメリカでは多くの作家が書くべき題材の宝庫と言えようが、フレンチクオーター地区を軸にして白人・黒人・クレオールなどの人種がひしめく混沌の象徴、人格を持った街としてのニューオーリンズの人間臭さが、何とも猥雑で、華麗で、迷宮であってなんとも言えない。

 アイダが愛読するホームズの小説が一つの小道具であり、アームストロング青年との交情が最後まで楽しく微笑ましい。

 ミシシッピ川の氾濫と迫りくるハリケーンの情景がクライマックスを盛り立てる。

 シリーズ次作への期待を抱かせるエピローグは、次の事件のきっとプロローグでもあるように思える。これからも注目を浴びるであろう意欲いっぱいの新人作家、レイ・セレスティン。何とも頼もしく楽しみな書き手である。

(2016.8.17)
最終更新:2016年11月21日 15:52