沈黙の橋(サイレント・ブリッジ)



題名:沈黙の橋(サイレント・ブリッジ)
作者:東 直己
発行:ハルキ文庫 2000.2.18 初版
価格:\619

 『探偵くるみ嬢の事件簿』では、実はまるで砂漠に突如現れたラスベガスのように、旭川のちょっと北に突如風俗の街<来内別市>というものを出現させてしまう。全住民の70%が18から35歳の女性だという娯楽の市であり、全国から引きも切らずこの街に男共は遊行に来るのだ。

 そういう突拍子もない設定を当たり前に書いてしまうところが既に東直己しているのだけれども、この作品は、のっけから日本が、日本民主主義人民共和国(北日本)と日本共和国(南日本)という二つの国家に分断している。そればかりか、札幌が南北陣営に分かれており、二つの国境としての壁がある。そう、あの冷戦時のベルリンをそのまま札幌に持ち込んでしまったのだ。

 そしてこの作品はおふざけではなく、東作品としてへ貴重なほどに大変に大真面目なのだ。張り詰めた両陣営間の緊張感を表現したいのもあるだろうが、それ以上に、フリーマントルも真っ青の、エスピオナージュ・スリラーを、まあそれなりのスケールに縮小して書いているのだ。当然、東直己の作品群の中でも異色中の異色である。

 数多くの登場人物が入れ代わり、その中である大物敵将を亡命させるためのオペレーションが進行する。これだけ書いても東直己ではないよなあ、とつくづく思う。でも東直己は小説のペン・タッチがいいから(コミックを表現しているみたいだ)、読めちゃう。大変にスピーディで、巧い。緩急を心得たナイス・ピッチングという感じだ。

 だから設定のハチャメチャさの中で東直己の小説的表現力がどう泳ぐのかを楽しむべき小説なのだと思う。もっともこの設定だけで首を横に振る人も多いだろうし、その気持ちはよくわかる。東直己ファンでも、あの作品だけはなあ……とはっきりしない言い方をする人が多い。あれは駄目でしょ、とはっきり否定する人はもっと多いかもしれない。東直己の小説に興味がない限り、最早コレクター的に全文読みたいんだという人でない限り、無理にはお勧めすべきではない本であるのかもしれない。難しいところだ。ただこれだけは言える。これだけを読んで東直己と判断しないで欲しいなあ、と。

(2002.11.17)
最終更新:2007年01月05日 02:04