過ぎ去りし世界




題名:過ぎ去りし世界
原題:World Gone By (2015)
作者:デニス・ルヘイン Dennis Lehane
訳者:加賀山卓郎
発行:ハヤカワ・ミステリ 2016.4.15 初版
価格:\1,600-


 コグリン三部作の完結編。警察小説としての『運命の日』では長男のダニー・コグリンを、ギャング小説としての『夜に生きる』では三男のジョー・コグリンを描いたシリーズ最終編は、ジョー・コグリンのその後、前作より10年後の世界を描く。少し前に紹介された『ザ・ドロップ』という小編も含めて、最近は裏社会に材を取ることの多いこのところのルヘイン。

 本書は裏社会を描いているものの、実は背景としては太平洋戦争真っ只中である。つまり現代人にとってはもはや過ぎ去った時代であると同時に、暴力的な暗黒組織にとっても、ラッキー・ルチアーノが収監中というもはや過ぎ去りし世界の物語なのである。

 さて、もとはハードボイルドの探偵小説でスタートを切り、その後ギャング戦争に題材を移しているかに見えるルヘインだが、最近では、ドン・ウィンズロウなども同じ傾向で小説戦争を仕掛けているところを見ても、この題材、つまり暗黒街や犯罪組織間戦争というアメリカ史にとって切っても切れない裏世界は、人間の生き様として魅力溢れるものなのだろう。

 犯罪結社というと切りがない闘争というイメージが歴史上残されているし、現に日本でも最近の組織間抗争は衰えを知らず繰り返され、一般社会に不安を呼び起こしている。

 アメリカは銃の歴史を持つ国家なので、抗争そのものも派手だし、あらゆる小説にガンマンという職業も当たり前のように頻出する。西部劇の舞台に生まれた文化が、コンクリート・ジャングルの時代にも変わらず引き継がれ、男たちは撃ち、撃たれる。

 本書では子供の姿をした幽霊がジョーの視界に頻出するし、彼には9歳になる息子がいる。子供たちの世界を巻き込んでの暴力闘争というところに、普通の親なみの痛みを覚え、悩む主人公は、作者がならではの、勧善懲悪ではない、善と悪の間を行き来するしかない弱い人間たちの象徴であるかに見える。原罪を持つ人間たちのカルマのようなものが小説をドラマティックに構築しているように見える。

 人間の命がごみのように扱われ、せっかく生まれた者たちが、いともあっさりと消えてしまう世界。手軽に持ち運びされ得る人間の運命、もしくは死体。そんな過酷な世界に身を置く者たちの極度の日常世界。それは、我々の遥か遠くにあるようでいて、実は隣り合った場所にこっそり紛れ込んでいるような世界であり、それはもしかすると一般社会にも容易に入り込んで来るかもしれない重たい駆け引きで糾われる残酷な絵巻の世界であるのかもしれない。

 そうであれば、むしろ本書の世界は、過ぎ去らざる世界であるのかもしれない。警鐘は鳴り響き、そして今に続いているのかもしれない。

(2016.6.6)