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罪悪


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題名:罪悪
原題:Schuld (2010)
作者:フェルディナント・フォン・シーラッハ Pheldinand von Schrach
訳者:酒寄進一
発行:創元推理文庫 2016.2.12 初刷
価格:\720-


 ミネット・ウォルターズの中編『養鶏場の殺人』が、とても強く印象に残っている。ウォルターズとしては珍しく、実際に起きた事件を小説化したものであり、やはり実際に起こったことのほうがむしろ小説よりも奇という場合もあるのだな、とじわじわと背筋に迫る人間の怖さを感じたりしたものだ。ついでに言えば、当該作品は、2006年イギリスのワールドブックデイにクイックリード計画の一環として刊行されたものであり、普段本を読まない人に平易な言葉で書かれた読みやすい本として提供されたそうである。

 さて、本書『罪悪』は、日本国内でも上位にノミネートされて話題を呼んだ『犯罪』に次ぐ、現役刑事弁護士シーラッハの第二短編集である。『養鶏場の殺人』を想起させたのは、シーラッハの作品がミステリという枠を超えて、どんな読者にも、ともすれば普段本を読まない人をターゲットにして読んで頂いても、読みやすく、そして感銘を残すのではないだろうかと、ぼくの中で勝手に想像が働いたからだと思う。

 おまけに『養鶏場の殺人』と同じく、シーラッハは現実に体験した事件から材を取っている。そのために、普通のミステリーでは描けないほどの人間の不思議さに迫る作品がむしろ多いように思われることだ。亡き叔父の遺した「物事は込み入っていることが多い。罪もそういうものの一つだ」という言葉を刑事弁護士という仕事に取り組んでいるうちに、徐々に自らに身についてきた真摯な眼差しなのであろう。

 主人公「わたし」の登場し扱ってきた事件の題材という形をどの作品もどうであれ採用していることで、それぞれの人間の起こす奇妙な罪の群像にリアリティという光を与えている点にも注目される。刑事告発された罪は、見たままのものではないことが多い。むしろ「込み入っていることが多い」のである。

 偶然が罪を生じさせる有機現象のように見えるものもあれば、人間の弱さや懐疑心が唐突に、もしくは長い時間をかけて貯蔵され、唐突に喫水線を超えることもある。世の中のミステリ小説は、こうした人間の不条理を扱って模索されるものが多い。しかしシーラッハは極端に煮詰め込み濃縮し切った超短編という形でいくつもの例題を提示する。それはそれで恐ろしさをナイフの先のように読者の心理に突き立てる。文章のあざとさというより、文章の選ばれた短さ、断面性のようなものが、彼の作品ををよりスリリングなものに磨ぎあげているとしか言いようがない。

 シーラッハという読書的新体験ゾーンへようこそ、と言ったところか。

(2016.3.21)