それを愛とは呼ばず





題名:それを愛とは呼ばず
作者:桜木紫乃
発行:幻冬舎 2015.02.13 初版
価格:\1,400



 桜木紫乃はぼくの分類ではノワール作家である。釧路出身の作家というだけで興味を覚えるのは、高城高という釧路に生まれた和製ハードボイルド作家の作風を想起できるからだろう。実際に、似ている部分がなくもない。時代を違え、性別を超えても、なおかつ似ているのは、釧路という土地のもたらす地の果てのような孤立した寂しさと、霧や寒さを携えてなおも独歩し得るだけの魂の強さ、そして物語としての陰影の濃さ、等々、であろう。

 本作では桜木紫乃得意の釧路、という風土は、わずかな部分でしか使われていない。しかし、釧路の風土をインスピレーションさせるような、もう一方での土地としての新潟、さらに新千歳空港からさほどの距離にもないのだが、湖畔に立つ荒れた別荘物件と対面のさびれた温泉街いう、鄙び感の否めない架空の土地・南神居町という舞台が用意されている。この作家はやはり土地を決定したところから物語を語り始める人なのだろう。土地から蒸気のように漂い出して気化してきた物語という明暗の雲を手繰り寄せる作家なのだろう。

 新潟で意識不明となった妻を愛しながらも妻の経営していた会社から追われ行き場を失った中年男と、釧路出身だが東京で芸能界入りの夢を絶たれた美少女が、吹きだまる粉雪のように、まるで雪風の向かう風下のような土地・南神居で遭遇する。そこには片方で優しさを求める少女の姿と、眠ったまま新潟の病院で眠る妻への思いを断ち切れない中年男の物語が交錯することなく、風景の中でたたずむ。

 そこに現れる若者。狂気の世界を彷徨うように、地球の果てまで行き着きたかったかのような若者の、奇妙な生活が加わり、南神居の人々の孤独は彼の特異な影響力によって一層際立ってゆく。よるべなき者たちの運命を待ち受けていたのは、残酷さと表裏一体の優しさであるのかもしれない。

 人と人との交情や、哀切を漂わせながら、この物語は思いがけない終盤を迎える。そこに辿り着くまで、本書が一体何の類なのかその正体すらわからぬままに、読まされる。やはり桜木紫乃という作家はノワール作家であったという確信をうすらうすら深めながらも、実にじわじわと。

(2016.03.01)