水鏡推理 II インパクトファクター




題名:水鏡推理 II インパクトファクター
作者:松岡圭祐
発行:講談社文庫 2016.02.13 初版
価格:\640



 研究の世界ということは日常生活の中であまり考えることがない。研究をする人は、ぼくの頭の中では、鉄腕アトムや鉄人28号を作り出したり、ゴジラを退治する方法を考えついたり、タイムマシンを発明したり、ハエ人間になってしまったりする、というようなコミック・映画の世界、つまり異世界の住人でしかあり得ない。

 日頃、研究者の生活が頭に浮かばないのは、彼ら/彼女らが、陽の当たらない研究室に閉じ籠っているからなのだろう。テレビやニュースに登場するのは、そのごくごく一部だけの極めて幸運な人々で、これまで名も知られなかった彼らは、いきなりノーベル賞を受賞したり、星や微生物などを新しく発見したりしてぼくたちの日常に唐突に出現する存在である。

 だからこそスタップ細胞の発見とその後のセンセーショナル展開についてのニュースが日本中を沸き立たせたあの日々は、ぼくらの日常に普段あまりピンと来ることのない研究室の裏側を想像させたり邪推させたりする特別なきっかけになった。

 本書は「研究における不正行為・研究費の不正使用に関するタスクフォース」に所属する水鏡瑞希の第二弾。一作目『水鏡推理』では、新しく個性的なミステリジャンルへの作者の挑戦意欲を課せられた水鏡瑞希という新キャラクターのシャーロック・ホームズ張りの推理力に焦点を当て、胸のすく活躍ぶりを読ませてくれたが、本書ではついに、あのスタップ細胞事件の相似形のような構図を作者は作り出し、水鏡の推理力を持って真相に迫ってゆく。インパクトファクターという研究誌掲載による得点稼ぎが、研究者にとって有利となる状況などは、本書で初めて知るところだった。いわば俗世間の金銭欲や色欲とはまるで違った、ラボラトリーにのみ存在する欲望がここに存在するのである。

 水鏡瑞希の幼馴染の如月智美が渦中に巻き込まれることになるのだが、小保方さんをモデルにしたとしか思えない役柄を割り当てられた智美の人生劇にスポットが当てられ、彼女を過去親友だった一人として救い出そうとするヒロイン瑞希の活躍と、彼女が向けた怒りの行方が相変わらず頼もしい。タスクフォースの官僚たちではなく、ただの事務員として様々な差別を受けつつも反逆してゆく姿勢とその推理能力の高さが魅力であるが、今作は、智美との絡みが錯綜してどこへ行き着くのかという要素が、物語の肝となっている。

 印象的なラストシーンで終わる本書、切れ味も後味も極上。題材はセンセーショナルながら、あくまで人間らしさにこだわる作者のペンの流れが頼もしい限りだ。

(2016.02.24)
最終更新:2016年02月24日 16:56