※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

儀式





題名:儀式
原題:Dust (2013)
作者:パトリシア・コーンウェル Patricia Cornwell
訳者:池田真紀子
発行:講談社文庫 2014/12/25 初版
価格:各\1,210

 ぐっと力を貯め込んで一気に放出するようなプロットというのも、このシリーズの特徴と言える。貯め込んでいるうちは奇怪過ぎる現象、厄介な状況が次々とケイ・スカーペッタという気難しいヒロインを襲ってくるので、これ以上の負荷はもう要らないと思えるようになる。巻末で唐突に呆気ないほどに解消する謎の数々も、もう少し時間をかけていいと思うのに、いつも手っ取り早く引きあげてしまう芝居小屋の大道具係みたいに手際が良すぎて、余韻というものが残りにくい。

 本書は、なんと丸々一日だけの物語である。夜明け前の4時台に始まり、夜更けに終わる。それほど時計の針の進み具合が遅いのは、今日この一日の出来事を語りつつ、物語は過去に遡行したりもするからだ。それは前作ほど昔の話ではなく、前作と本作との間に生じたらしいレギュラーメンバー間の重要な人間関係の葛藤に関するいきさつの物語だ。

 とりわけピート・マリーノはケイのもとを離れ、10年ぶりに刑事復帰を果たす。前作ではFBIより容疑者扱いまでされ、過去のケイへの確執を掘り返されもし、その割には登場シーンがほとんどなかったマリーノの心境の変化が、本作では入念に語られる。もちろんケイの眼を通してであるが、それは大方間違ったものではない。ベントンとマリーノという男たちのややこしい関係に加え、姪のルーシーの気難しさを相手取るケイのプライベート環境は初期の頃から大して変わることもなく事件のサブストーリーとしてどころか、時にはメインストーリーであるかのように、本シリーズにまつわりつく粘っこい繊維のような存在だ。

 本書のストーリーはマサチューセッツ工科大学で発生した風変わりな死体の発見に幕を開ける。ベントンは出来の悪い上司からともするとFBIを追いやられそうな状況に陥り、ケイはそれを心配している。ケイの元を去って刑事に舞い戻ったマリーノとの関係再構築もぎこちない。そんな中で事<ならずもの集団>と言われるダブルSなる投資企業と殺人事件被害者との訴訟問題が浮き彫りにされるが、そこにはルーシーが関わっているらしい。

 ルーシーのIT道具の登場も時代を反映した注目アイテムであるが、それが今回の殺人の解明に役立ってゆく様子、しかし科学捜査の発展と危険の増幅という二面性を持つ道具と、人間の善悪の構図が変わらない限り技術の未来は必ずしも安泰ではないという怖さも物語の中で執拗に語られる。ケイ・スカーペッタというサイエンスに身を捧げる検屍官の立場であるからこそ、常に科学捜査を検証する視線などは、微妙でデリケートでそれなりに感慨深い。文明観にまで及ぶケイの一人称叙述もまた、本シリーズの欠かせぬ魅力の一つだろう。

 いつも唐突に幕を下ろす印象の強い本シリーズだが、本書に限ってはレギュラーメンバーが勢ぞろいするサービスシーンが用意されている。こんな明るいシーンで巻を終えるなんて、まるでシリーズ20作記念パーティみたいだ。そう感じたのは、きっとぼくだけではないだろう。

(2016.1.10)