出口のない農場


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題名:出口のない農場
原題:Stone Bruises (2014)
作者:サイモン・ベケット Simon Beckett
訳者:坂本あおい
発行:ハヤカワ・ミステリ 2015/7/15 初版
価格:\1700

 イギリス人著者によるフランスの農場を舞台にしたミステリ。しかも、主人公は、ロンドンからやってきたいわくありげな青年。シートベルトは血だらけで、トランクには死体という、極めて不穏な状況での登場。物語の出だしとしては極度に不安で緊張を強いられるが、その緊張は留まることを知らない。

 獣用のトラップに脚を噛まれ重傷を負ってしまった主人公は、得体の知れない農場に運び込まれ、敵意むき出しの農場主と、彼を介護する二人の娘たちと出会い、逃避行の唐突な展開を、利用すべきと思いつつもその農場の不可解な緊張状態に疑惑を抱き始める。

 フランスの実存主義作家の第一人者ジャン・ポール・サルトルの状況劇『出口なし』ではあるまいが、本書はタイトルをそのままにしたような『出口のない農場』に射すくめられるように居住を強いられた青年の物語。しかも彼はロンドンからドーバー海峡をフェリーで渡り、死体をトランクに乗せ、シートベルトや手を血まみれにして逃げてきた人間であり、農場の中にいることが捕まらないただ一つの方法となっている。

 ある意味救いであるはずの農場が、実は彼を絡めとり負の方向へ導く何かを秘めている。そんなサスペンスと緊張で満ち溢れた状況を、作者は実に文芸的なレトリックで描き出す。

 まるで夢溢れる新人作家みたいな力の入った文体だが、実はこの作家、既に<法人類学者デイヴィッド・ハンター>シリーズというまるで傾向の違う作品で人気を集めているベテラン作家であるらしい。シリーズ作品よりもだいぶ時間をかけて書かれたいわゆる丁寧な作品、精魂込められた何ものかであることは読めば明らで、それゆえに邦訳が実現したというある意味特殊な運命を背負った作品である。そしてそのことは読んでみれば明らかである。本命であるシリーズ作品を差し置いて書かれ、日本の読者にも読まれる機会を得た作品である。

 貴重な奇跡により己が手に開かれるページを、大切に読む時間は、手に汗握る大変密度の濃いものであると思われる。

(2015.12.27)