特捜部Q -吊された少女-




題名:特捜部Q -吊された少女-
原題:Den Grænseløse (2014)
作者:ユッシ・エーズラ・オールスン Jussi Adler-Olsen
訳者:吉田奈保子
発行:ハヤカワ・ミステリ 2015.11.15 初版
価格:\2,100

 本『特捜部Q』シリーズを読むたびに思うのだけれど、この作家は冒険小説の書き手としての色合いが強いのではないだろうか。物語の各所に個性的な人間たちを配することにより生まれる劇的効果を狙うのがとても巧い作家ではないのだろうか。だからこそ、警察という組織の人間を主人公にしていながら、およそ警察機構とは相容れないような主人子と、これまた同様の部下二人、そして何よりも事件の中核となる副主人公を物語ごとに造形し特捜部Qと対峙させ、交錯させ、緊張で蓄えた力を大団円で一気に爆発させてゆく手法が活きているように思える。まさに血沸き肉躍る冒険小説みたいに。

 それを強く感じさせてくれたのが本書である。交通事故に遭って木の上に飛ばされ、吊るされたままきみょうな死体となって発見された少女の話を、今回の特捜部Qは発掘する。その事件を取り憑かれたように調査していた老人が公衆の面前で拳銃自殺したのだ。衝撃的なスタートと言える。

 一方で現在より数年前から、奇妙な教団に生きるある人物の描写が始まる。女性、悪の化身、そして殺人鬼である。教祖との距離がなぜか不明だ。教祖の正体もわかりにくい。しかしそれなりの力を持ったカルトであり、その女は教団の実務を握る立場の人物であると同時に、頭の切れる悪魔である。彼女の手によって誰にも知られず教団から消えてゆく女たちのことがこうして語られる。

 カルト教団はこのような物語シリーズの中ではなかなか避けて通れない犯罪の火床のような題材であろう。教団そのものが健全であれ、そこに悪意のある人間、仮の姿を宿して金や力を行使できる人間の存在が、閉ざされた集団の中に特異に構築されたヒエラルキーに忍び込みやすい。そんな、古今東西を問わぬ宗教的悪の中で蠢く個の悪の姿が教団にも外界にも力を振るうことで、破滅を呼び込むという物語は宗教にも政治にも国家にもあり得ることであり、だからこそ冒険小説の骨格と似た造りになってきているのが、本シリーズなのではないかと思う。

 本書では主人公たちも命が安泰ではなく、火の中に飛び込まざるを得ない存在として描かれる。第三者的ではなく、まさに冒険を余儀なくされ、体験を己の物語に変えられる人々としての捜査官なのである。

 ちなみに本シリーズで冒頭から抱え込んでいる未解決事件=連続釘打ち機事件に、本書で大きな進展が見られる。カールたちを襲撃した銃が発見されたのだ。今後のシリーズ作品を通して、こちらの捜査も少しずつだろうが、露になるだろう。そしてあの事件で体の自由を奪われたハーディの人生も、自分の物語として冒険小説の道を伸ばし続けることだろう。今後も眼を離せない、注目のシリーズである。

(2015.12.21)
最終更新:2015年12月21日 16:43