緑衣の女



題名:緑衣の女
原題:Grafarþögn (2001)
作者:アーナルデュル・インドリダソン Arnaldur Indriðason
訳者:柳沢由美子
発行:東京創元社 2013.07.12 初版
価格:\1,800

 北欧ミステリを読むにつれ、どんどんその魅力にはまりつつあるのが最近の私的読書傾向。独自の気候風土が持つ異郷としての魅力に加え、警察小説として修逸である作品がこれほど多いのには驚かされる。世界的に翻訳され、海外小説にはいつも分の悪い日本であれ、最近はどんどん翻訳が進められ(数少ない北欧言語の翻訳家は大変だろうと思う)、我々の手に触れるようになったことは喜ばしい限りである。

 日本の書店を賑わして最近とみに注目されるようになっているのが、北欧五ヶ国で最も優秀なミステリに贈られるという『ガラスの鍵』賞ではないだろうか。本書のアーナルデュルは、この賞を同じエーレンデュル捜査官シリーズで『湿地』に続き二作連続受賞。本書ではさらに権威のあるゴールドダガー(CWA=英国推理作家協会)賞も受賞している。受賞すれば書店の本棚に並ぶのは日本の書店の通例であるが、とりわけ『ガラスの鍵』賞が日本人に馴染みが出てくるとともに北欧ミステリが根強く人気を博してゆく状況は、この先も明るい材料であると思う。北欧ミステリの水準の高さを見るにつけ、それは妥当なことのようにしか思われないからだ。

 さて、本シリーズはアイスランド警察の捜査官エーレンデュルの物語。アイスランドでは数少ないといわれる女性捜査官エリンボルクとUS流の捜査の仕方を学んできた若き捜査官シグルデュル=オーリとの三人コンビである。それぞれに強烈で、互いに主張の強い個性が捜査の中でもぶつかり合う中で、エーレンデュルは感情を表に出さず、捜査方針を纏めては通常ならとても使いにくそうな二人の部下に捜査内容を淡々と配分する。捜査においてはエーレンデュルは一貫してプロの仕事に徹しているように見える。

 アイスランドでは犯罪発生件数が極端に少ないらしいが、本書でも何十年も前に葬られたであろう死体の発見から本書は始まる。現在の事件というとさほどないのだそうだ。そんな犯罪の少ない土地で、犯罪として取り上げられなかった過去の死体にこの国が他国家と同じように内包する現実を墓と一緒に掘り出して見せたのが本書『緑衣の女』である。

 ずばりテーマはDV=家庭内暴力である。凄まじいほどの夫の暴力に晒される女性の姿が捜査とは別の章で語られる。女性には連れ後の長女、暴力男との間に長男と次男がいる。時に長男の視点で悪魔の行動が描かれる。父親には見えず悪魔にしか見えない父親。恐怖にさらされる家庭の様子が淡々と描かれる。

 さらにエーレンデュルは失われた家庭を抱えている。前作『湿地』でも、離婚して二十年になる妻の一向に冷めやらぬ元夫への憎悪の様子や、音信不通の状態になった長男、薬漬けになって人生を破壊している長女の様子が描かれ、とりわけエーレンデュルに助けを求めるかのように現れたエヴァ=リンドとの歪みながらも必死の父娘のやりとりは見ものであった。

 本書ではそのエヴァ=リンドに試練が訪れる。父親のエーレンデュルにとっても自分の実人生以上の試練である。

 このように捜査の進行状況、捜査官の家庭問題、事件の渦中の人々……と、三つの視点で物語を描きながら、本書は緊張のままに全巻を終えてゆく。国の真実を描くにはミステリという形がよい、と判断してミステリ作家の道を選んだアーナルデュルは、父親がまた作家であるという。血統を継いで、父親とはまた別のミステリという分野に表現の道を見出したアーナルデュルは、これからも土と時とに埋もれた真実を暴き出す作業を決してやめはしないだろう。

(2015.09.21)