夜また夜の深い夜





題名:夜また夜の深い夜
作者:桐野夏生
発行:幻冬舎 2014.10.10 初版
価格:\1,500



 桐野夏生は日本でも珍しい暗黒小説の書き手である。ジャポン・ノワールとでも言おうか。『OUT』を皮切りに女性を主人公にしたノワールばかりを書くようになった作家。ハードボイルドの書き手としてデビューした作家の暗い世界の方角への傾きはさらに危険な領域に達している。ノワールの黒さにもさらに磨きがかかってきている。

 日本社会から疎外されたり、自ら社会と相容れなかったりする女性、それも少女の姿を描くことで、最近の桐野夏生は一段とオリジナリティを増し、他の追随を許していない。時代風土の中で、女性の自立が強化されればされるほど、あまり顧みられなかった反社会性という女性には意外と思われる属性をフォーカスし物語に独自な砂漠性を与えつつ、過酷な物語を紡いでゆく。

 『グロテスク』『残虐記』『アイム・ソーリー・ママ』など、一時期集中して書いていた素材に、『リアル・ワールド』『東京島』などの馴染まない世界を背景として与えた感のある新手のノワールが本書『夜また夜の深い夜』なのである。タイトルですら夜を三度繰り返すほどのこだわり。そしてイタリアはナポリのそれも地下迷路や最下層の街を舞台に描く。

 手紙で綴られてゆく少女の人生。返事の来ない手紙の宛名の人物が誰なのかもなかなか明かされない中で、手紙が少女のいる地獄のような水面から差し伸べられた溺れる者の精一杯の腕であり手のひらであることがわかる。手紙は悲鳴であり、救いを求める獣の咆哮であることがわかる。

 理由はわからないが逃亡生活を続ける母のもと、自由を奪われ、名前を奪われ、国籍すら持たず、生まれたことすら誰にも知られぬままにこの世に生を受け、他社との繋がりを断ち切られ、ヨーロッパで転居と移動を
続けてきた母子。その裏側の真実は何なのか?

 そうした疑問のさなか、少女は成長しつつ、友達を知り、一筋縄では潜り抜けてゆけない社会の過酷さを知ってゆく。恐怖と不安と貧困の中で生き抜く少女の姿が『リアルワールド』の少年の姿を思い出させるが、世界は現代日本と繋がっておりあり得ない架空の世界ではないところが、かの作品とは各段に違う。

 世界に満ちた恐怖と悪に触れながら、少女が徐々にタフな存在になり闘ってゆく様子とその切ない心情とを変化に満ちた文体で描き切った桐野版実験小説の新たな地平ともいえる力作である。

(2015.09.21)
最終更新:2015年09月21日 10:47