遮断地区


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題名:悪魔の羽根
原題:The Devil's Feather (2005)
作者:ミネット・ウォルターズ Minette Walters
訳者:成川裕子
発行:創元推理文庫 2015.05.29 初版
価格:\1,340

 中編集『養鶏場の殺人・火口箱』を読んでから、少しこの作家への見方がぼくの方で変わった。≪新ミステリの女王≫と誰が呼んでいるのか知らないが、この女流作家はミステリの女王という王道をゆく作家ではなく、むしろ多彩な変化球で打者ならぬ読者を幻惑してくるタイプの語り部であるように思う。

 事件そのものは『遮断地区』特に強く感じられるのだが、時代性と社会性を背景にした骨太のものながら、庶民的な個の感情をベースに人間ドラマをひねり出し、心理の深層を描くことにおいて特に叙述力に秀でた作家なのだと思う。

 本書はミネット・ウォルターズとしては最もページ数を費やした大作長篇であるのだが、種火は西アフリカ、シエラレオネでの連続女性暴行殺人事件。ヒロインはそれを取材していた英国人女性。さらに舞台は米軍兵士によるイラク人捕虜虐待の映像が世界中に衝撃をもたらしている渦中のバグダッドに移り、ヒロインはいきなり連続誘拐事件の被害者の一人となる。

 しかしここで誘拐の実態は語られることがない。ヒロインはいち早く三日間で釈放され、本人は英国ドーセット州の田舎町に隠遁者のように居を移しそこでの生活を語り始める。

 そして連続殺人鬼と目される戦時暴力の申し子であり、傭兵として歪んだ生きざまを歩いているらしき一兵士の足音が刻々と彼女に迫る。誘拐事件の真相は何だったのか? 誰に誘拐され、何故に釈放されたのか、そして彼女の沈黙の意味は? こうした謎を引きずりつつ、ドーセット州での家主や隣人のもう一つの田舎の事件を彼女は探偵のように探ってゆく。

 個性ある人物の配置はいつもながらであるが、田舎町そのものの個性を描くこともこの作家は得手としているように思う。隣人や村社会のなかで描かれる距離感や、噂話が持つ地に足のつかない心理的な枷が彼女や隣人を真綿のように締めつける。

 そして圧巻であるはずのクライマックス・シーンに到達すると同時に、そのシーンの描写は、誘拐事件と同じようにまたしても割愛される。既に聴取室にいるヒロインと懐疑で徹底的に武装した取調官との対決。この小説中最も重要と思われる部分を描かないことによりこの著者らしいミステリー小説がより完成度を増している、といった皮肉な世界構築をミネットは成功させているのだ。

 作家だったらきっと手に唾をつけて熱のあるペンをふるいたくなる場所にだけ暗黒のフェイドアウトを入れて、思わせぶりでじれったい描写により、読者の想像に結論を委ねる。ミステリー作家らしくはあるものの、やはりこの人は女王というよりもひねくれ者のアーティストにしかぼくには見えてこない。

(2015.08.09)