猟犬




題名:猟犬
原題:Jakthundene (2012)
作者:ヨルン・リーエル・ホルスト Jorn Liel Horst
訳者:猪俣和夫
発行:ハヤカワ・ミステリ 2015.02.15 初版
価格:\1,700

 17年前の証拠偽造の責任を問われて停職処分になったヴィスティング刑事が新聞記者の娘と共同して真実を暴く物語。休日中や停職中の刑事を主人公にしたミステリというのは、それがシリーズ作品であったりすればなおのこと個性的なストーリーになることが多い。停職により、銃器やバッジを携帯していなかったり、警察署の資料を公的に漁ることができなかったり、底意地の悪い上司の妨害に合ったりするのが定番だからだ。

 いわゆる普通の捜査ができずハンディキャップを背負っている刑事である。しかも自分を罪に問う疑惑を、その逆境から自力で救い出さねばならない。主人公であるヴィスティングはノルウェイでは人気のシリーズでありながら、初の邦訳となる。北欧のミステリに掲げられる栄冠『ガラスの鍵賞』を獲らなければぼくらの眼に触れることは未だなかった作家であったことだろう。賞の意味は主に海外ミステリ市場が活発とは言えない日本の餓えた読者にとってはとても大きい。賞さえ取れば出版社は翻訳に漕ぎ出す。

 さて本書の構成であるが、反骨の気概たくましいベテラン刑事の孤立した捜査を表し、『ダーティ・ハリー』ばりのオーソドックスを基本とし、さらに連続少女誘拐の過去そして現在とタイムリミット型追跡エンターテインメントとしてまさに王道。さらに主人公の脇を固める娘、恋人、元同僚らと、それぞれの距離感も絡んでくる中で奇をてらわず地道なストーリーテリングに終始する本物志向の好感溢れる索引となっている。

 主人公と娘リーネのコンビネーションもよく、とりわけスリリングな活劇の半分以上はリーネとその仲間たちに持って行かれているくらいである。新聞社では娘もまた直属上司との軋轢の中で実力を発揮、仲間たちとともに胸のすく活躍を見せてくれる。

 逆境から逆転に向けて様々な困難を跳ね除けて真相に迫り、悪という悪を根こそぎにしてゆこうという、まさに警察小説の鉄板ストーリーであり、ノルウェーという遠い遠い国の中で進んでゆく展開ながら、安心して身を委ねられる重量感を持ち合わせている。スピードと重さと人間たちの魅力とどれを取っても一級品の娯楽小説。これを機にヴェスティング刑事シリーズの翻訳がさらに進むと嬉しいのだが。

 また北欧ミステリは今やブランドとも言えるほど信頼性のおける作家・作品の目白押しである。しかしノルウェイはその中でもかなりマイナーな部類だろう。この作品をきっかけにフィヨルドを背景にした珍しいミステリが、続々日本に紹介されることを願ってやまない。

(2015.06.05)
最終更新:2015年06月05日 19:31