悲嘆の門





題名:悲嘆の門 上/下
作者:宮部みゆき
発行:毎日新聞社 2015.1.20 初版
価格:各\1,600

 宮部みゆきがファンタジーも書く作家であることは知っていたのだが、こうして手に取った新作が、そうだったと気づいたときには一瞬動揺した。というのは、ぼくはファンタジーが苦手だからだ。下手なレビューでジャンルなど確認しなければよかったのだ。

 しかしどういうわけか、この本は抵抗なく読み進めることができる。どうしてこれがファンタジーなのだろう、もしやレビュワーが間違っているのでは? と、疑念を抱きつつ、上巻の後半に差し掛かった頃、いきなり小説は異世界からの闖入者たちの訪問を受けて、少しだけ様相を変えてしまうのだ。

 しかし、怪物たちは言う。人間の生きる世界は異なる世界も真と言われてきたぼくらの生きる世界もすべては物語の世界であるのだ、と。歴史の真実と定義されたものさえ物語であり、仮定であり、想像であり、表現されるためのものである。人間には死と言う約束された無があるからこそ、その理解できないものに対して物語で救われようとする本能があると。

 要約するとそういうことなのだが、ぼくがクライム小説で読む現実に即した設定の物語も、ファンタジーもどちらも総じて想像の世界のことであり、押しなべて物語でなのだということを作者は語りたいのかもしれない。

 異世界の描写はさすがに自由度が高く、難しく冷徹なモノローグに満ちた抽象的でありながら、神話的具象に彩られた描写が多いのだが、一方でこちら側(現生)での登場人物たちはそれぞれに生活があり、家族があり、生命に満ちた親しみやすい世界の空気に浸っている。

 そして親しみやすいはずの世界では、体の一部を切り取る連続殺人と思われる残虐な事件が続いている。ネットを検索して犯罪を探すというアルバイトをする大学生と退職した元刑事とが謎の連続殺人事件に挑む普通のミステリ小説としての面白さに、異世界の幻視や夢のような体験が織り込まれていると見れば、宮部世界はどこのジャンルであろうと基本的に変わらず、面白く親しみやすい世界であるのだ。

 本作は事件の背後にある犯罪衝動を、ネットによる言葉の暴力やいじめの現場、残虐な写真、動画などの無軌道な流出などの社会環境を背景に描いたものとして捉える独特な視点で事件の真実を探り当てる。連続殺人事件という物語が、真実とどう隔たって構築されたものであるのかを検証しながら、多層的に楽しんでゆくことのできる新型エンターテインメント、と言っておきたい力作である。

(2015.05.12)
最終更新:2015年05月13日 15:25