フィルム・ノワール 黒色影片


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題名:フィルム・ノワール 黒色影片
作者:矢作俊彦
発行:新潮社 2014.11.25 初版
価格:\2,300


 決して齢を取らない刑事、二村永爾の十年ぶりのシリーズ作品。『リンゴオ・キッドの休日』が、永爾の休暇中の物語であったことを思えば、本作では既に退職した刑事で現在は嘱託の犯罪被害者相談員という奇妙で無責任な設定とも思える立場であることも今更不思議なことでもあるまい。そもそも刑事のようで刑事ではないフリーな気ままぶりを発揮するからこそこの矢作小説の中でしか生きてゆけそうにない二村永爾なのだろう。

 この極めて特異なるキャラクターは、本書ではなんと元上司の県警捜査一課長のお墨付きをもらいながら、その課長の紹介で訪問した元女優の依頼を受ける。香港での人探しの命を受けた途端に、相模原南署管内のプロの殺し屋による銃撃事件をつきつけられる。さらに自分も殺し屋と出くわす場面に、と次々と矢作活劇は、往年のパワーとエネルギーはそのままに年甲斐もなく幕を開けてゆく。

 作中ずっと、本当にしつこいくらい、二村得意のへらず口には必ずと言っていいくらい、映画への愛情と遊び心がそこかしこに込められている。そもそもが映画監督志望で日活に入社したほどの矢作が、映画からどれだけ影響を受けて、そして今もどれほどこだわっているのかがわかるような、まるで廃刊になった映画評論誌の志を小説という形で自分なりに継いでみよう、とでも言わんばかりの郷愁と愛着に満ちた作品になっているのである。

 凄腕の殺し屋や、香港中を走りまわる主人公を取り巻く闇の世界と、活劇と冒険に満ちた世界構築は凄まじいものがあるとは言え、やはり全体が矢作の分身のような価値観を持つ主人公二村永爾の名を借りて、今はもうなくなってしまった古くて良き映画の世界を題材に遊び抜いた楽しい小説に他ならない。

 矢作が何かと憧れの眼を向けてきたエースの錠がゲスト出演して、貫録と気配と奥行とで空気を張りつめさせた相応のシーンを作り出すあたりは、矢作という作家の遊び心の真骨頂と言っていい。

 満州映画に関する記述で、満映の社長であった甘粕正彦にまで言及しており、船戸与一の『満州国演義』で満映の果たした役割をふと思い返したが、映画が政治や戦争に使われることもあれば、赤狩りに対抗したハリウッドの名作群に代表されるように、映画が政治の監視人としての役割を果たし、あくまで庶民の側のものであり続ける自由への希求をこそ、矢作のこだわるところの古臭くも基本的な正義と言えるのかもしれない。

 何よりも楽しそうに小説で遊んでゆく矢作の姿を見ていると、小説と言う長く苦しい創作活動までも童心に帰って夢中になっているように思え、その天才ぶりがぼくには、やはりどこまでも頼もしい作家なのである。

(2015.04.29)