刑事群像




題名:刑事群像
作者:香納諒一
発行:講談社 2015.02.18 初版
価格:\1,600


 最終頁を閉じると同時に思わずうーんと唸ってしまった。唸りにも二通りある。不満のうーんと、満足のうーんである。今回は後者の唸りで、うーんの後にすごいな、と付け加えた。繊細に積み上げた造形物のように、まるでマクロなスケールを持った定規で計算され描かれた設計図のように、思われるが、おそらくそうではあるまい。

 現在に起こった事件そのものが二年前の未解決事件と関連付けられてゆき、二年前の事件に関わった刑事たちと、現在の刑事たちが存在する。物語の奥行が、時間的にも距離的にも持つことになった二重構造のために、さらに合わせ鏡のように響き合い、時間の差が生じ、過去の死者と現在の死者が物言わぬ言葉を証拠や死に様によって語り始める。すごいな、と思う。

 物語は平易に、何の装飾もなく気負いもなく淡々と語られるのに、事件の持つ多重性が、時折混乱を呼び起こす。あまりに多くの人間が関わっている。捜査側の刑事たち。元刑事。殺人者。元殺人者の囚人。騙した者と騙された者。反社会的組織と詐欺師集団。被害者とその家族。加害者とその家族。目撃者とその家族。過去のいくつかの殺人と失踪が、現在のいくつかの殺人に響き合う。

 『贄の夜会』『無縁旅人』の大河内デカ長、『刹那の街角』の庄野デカ長の二班合同捜査。どれも過去の作品につながるわけではなく、本書は完全に独立した一つの作品である。それでいながら様々な要素がペアになって二重になっている世界である。

 本書で凄いなと思わせられたのは、多くの人物の行動を追跡捜査することにより、それぞれの人物がそれぞれの理由を持って行動していることである。捜査が解明されたかに見えた時にも、勘のはたらく刑事たちは、違和感を感じ、しっかり人物それぞれの行動が納得ゆくまで妥協せず確認行動を取ってゆく。際立って特別な才能をもって捜査するのではなくて、納得がゆくように理解する。彼らの理解とは推理することではなく、人に当たり確認してゆくこと、なのである。この地道さ。この丹念さ。そこに刑事小説としてのリアリズムがあるように思う。

 それぞれの人物が理由を持って行動していること。その行動のありさまに感動を覚える。最後の最後まで、なぜ彼はそう行動したのか? 彼女はなぜそう行動したのか? そんなことが捜査の最後の謎として残される。そしてすべてが明らかになってゆく結末。男は男として、女は女としてそう行動することになったのだった。一つの事件が他の事件を誘発する。そこには本当の悲劇があり、喪失がある。そうした真実に歯噛みするように辿り着く刑事たちの心情すらがわかる。

 とてもタイトな文体でありながら、ここまで人間群像をその悲しみや愛情を描き切れる筆力に驚かされた。ベテラン作家としてのある高度までの到達感がしっかりと感じられる力作である。

(2015.03.09)
最終更新:2015年03月09日 18:02