ワイルド・ソウル




題名:ワイルド・ソウル
作者:垣根涼介
発行:幻冬舎 2003.08.25 初版
価格:\1,900

 アントニオ猪木が、桁外れな人間なのは、ブラジルから帰ってきた男だからというのが、まあプロレス好きな人間の間では通説になっている。島国日本ではなく、広大なブラジルという国に生まれたスケールを運んできた男というわけだ。猪木のやらかしてきたこと、そして猪木の太々しい容貌や、底知れぬ陽気を見ていると、実に信憑性のあるそれは見方だと思ってしまう。

 ブラジルをサッカーというスポーツを通じて見る機会の多いぼくには、ブラジルの持つ貧富差のようなものは何となくわかる。またアマゾンを抱え込んでいる南米大陸の手のつけられない野性、といったところには観光趣味での覗き見感覚などは軽くふっとばされそうな予感もある。そうしたすべての意味で、ジャック・ヒギンズいうところの『神の最後の土地』の過酷さをまず物語の端緒において剥き出しにしてみせてくれるのが本書であった。

 そしてそれが現代日本でのクライム・ノベルに仕上がってゆく不思議さも味わわせてくれた。圧倒的なスケール。小説の脊柱となっている、反骨と、怒りの重さ。ホットでウェットで人間味たっぷりの恋や、友情。派手な銃撃に、カーアクション。個性ある一人一人の生きざまを、徹底して鋭く抉る容赦ないストーリー展開。クールで、かつヒートする世界。ある意味、これこそ完璧に限りなく近いエンターテインメントではないだろうか。日本にこうした、タイトな作風を引っさげた才気が新たに登場していたことを、ぼくはとても嬉しく頼もしく感じてしまった。

 序章ではずっと南米に棄民として送り込まれた移民たちの残酷物語が描かれる。アマゾン流域の歴史についても描写されてゆく。クラウス・キンスキー主演の映画『フィッツカラルド』で有名なオペラハウス建設のエピソードも語られていて、何となく小説の持つコンセプトが背筋に伝わってきた。超辛口な展開であることが感じられる。多くの文明社会がこぞってアマゾン流域にやってきては、原始の森に阻まれてきた歴史。

 そして読者は主人公らとともに怒りを沸点にまで持ち上げられる。にっくきは、祖国日本! 政府の犯罪! そして現代日本でのクライム・アクションへの急転とスピードアップ。唸りたくなるほど素晴らしい。ある意味、リベンジ・ストーリーだけが持つ快感。絡まる要素。捜査陣、報道陣、政府、暗黒街、多くの世界を同居させて、そして手抜きなし。ケイと貴子の格好良さ、屈折度については、まるでロドリゲス映画『デスペラード』の如し。

 多面多彩な娯楽精神を武器にした垣根涼介。作家の豊かな才気に一撃された感のある嬉しい一作。

(2004.3.27)
最終更新:2007年04月24日 02:20